* 原子力 2
2011/04/13 | Filed under 未分類 | Tags .地震がおきた3月11日から、もう1ヶ月。
けれども、福島の原発の事故は、まったく先が見えない状態で、津波や震災の被害の方への対応や意識が、原発への不安にのまれてしまっているような感じ。
京都では、リネットのオフィスのある中京区では、みんな「最初はめまいかと思った」ほど、長い間ゆらゆらと揺れ、震度は4とされたようです。
そのあとの首都圏での混乱もつづき、北関東から避難してきた友人がしばらくうちに滞在したり、東京や横浜に兄弟姉妹、親戚、友人、仕事仲間の方々などが多くいるため、関西にいるわたしたちも、心配な日々がつづきました。直接の被害を受けていないので、もっとしっかりしていないといけない立場ですが、心の中では、なかなか思うほど落ち着けない、というのが現実でした。
福島の原発は40年稼働しているとのことなので、作られたのは、わたしが6歳くらいの頃。ただ発電用の蒸気を得るためお湯をわかすのに、なぜウランやプルトニウムのような危ないものを燃やさないといけないのか?
今まで自分自身はそれに対して、「絶対反対」というような、はっきりとした考えを決めかねていたのです。原子力が危ないということは、もとからわかりきってはいるものの、天然資源の少ない日本で、完全に原子力を撤廃してしまうことが、ほんとうに出来るのかな?という疑問をもっていました。他国に資源を依存することになり、それはそれで危険の種になり得るといえば、そうかも?と思ったり。そんなことも含めて、自分があまりにも不勉強なので、はっきりと判断する自信が なかったのです。
多くの人が わたしのような気持ちで「日和見」だったのかもしれませんん。けれども、その大多数の人が、今回の衝撃で、今後こんなことは二度と許せない、と同じ方向を向くことは 絶対確実だとおもいます。
これから、少なくとも日本では、ライフスタイルも、気持ちのありようも、大きく変わると思います。もしかしたら、これが本当の意味での21世紀のはじまりなのかもしれないです。
それにしても、結局、第二次世界大戦の大本営とほとんど変化していないようにみえる、嘘の発表ばかりで無策の、政府をはじめとした上層部の人たち。原発の現場の人にだけ、思い切り過酷なことを要求して。。その様子は 第二次世界大戦のときにあまりにも無為無策で 国民を破滅にみちびいた軍の参謀本部(当時の日本の最高エリート)とほとんど同じではありませんか。。。
以前に書いた「アーロン収容所」で、会田雄次さんが、ビルマの旧帝国陸軍の兵站部の担当者が、もう戦争も終っているのに、ただ自分たちのメンツ(責任回避)にこだわり、靴などの物資があっても支給しなかったことに触れています。その時に、せめて現場の人の自己判断で靴でも支給してもらっていたら、命が助かったかもしれない戦友がいるのだと、怒りをこめて書いておられました。
けれど、その時と今が、何も変わっていなかったことに愕然としている いまのわたしたちがいます。
*****
この震災の前から、「野の花えほん」の次作になる、どうぶつの絵本の絵を描いていました。
その絵の作業を何とかすすめたいと思っているのですが、正直言って、ここのところ やっぱりなかなか思うようにすすめられませんでした。
わたしは、身近にもつねに感じられる、日本の自然が大好きで、心のよりどころにしてきました。
江戸時代の終わりに、日本にやってきたヨーロッパの人たちは、日本の土を踏んだとたん、その空気の美しさに驚いたそうですが、、経済大国になり、いろいろな問題をかかえながらも、国土の70%ほどが、いまだに森林として残っていて、たくさんの動植物が暮している 日本の野山が まるでじぶんのことのように 誇りでもありました。
この美しい自然があるから、わたしたちは すこやかに行きて行ける と思っていました。
そして、そのことを次の世代である幼い人たちに伝えたい、というのが、絵本を作るときの、一番深い気持ちでした。
また、ヒト以外の動物に目をむければ、親子やなかまどうしの愛情も、ほ乳動物にはおなじようにあります。
だから わたしたちを育ててくれて、生き続けさせてくれる愛情は、自然の中にもともとセットされているものだと いつも感じていました。
そのような自然のメッセージを通して、読者に「安心感」を届けていけたらと思っていました。
でも、こんなふうに 無惨に 自然があたえてくれたものや人の暮らしや心を破滅させていくようなことが起きました。しかも 日本だけの問題ではありません。
そして、将来にわたってあまりにも巨大すぎる負の遺産を、次世代以降の人達にのこしてしまうこと。
そんなことを思ったら、「自然の中にある安心感」を届けたいと祈って つづけてきた作業も、空しいもののように感じられて来ます。
そんな気持ちでずっと 胸が苦しい状態がつづいています。
3年前、「野の花えほん」の取材で福島に旅しました。
旅館でいただいて飲んだ「阿武隈川」のお水がとても清らかで美味しかったこと。
今回の原発のことが報じられたとき、あの阿武隈川の水のことを思い、涙をとめられなくなりました。
日々の暮らしはつづきます。今日は、京都の空はどこまでも快晴。
春の花がきらきらと咲き始め、なにもしらない猫たちは、いつものように屋根の上にねそべっています。
空にも 川にも 森の木々にも 草花にも 鳥にも どうぶつたちにも ちいさないきものたちにも
そして、心が まだ自然と直接つながっている 若い、幼い世代の人たちに
あまりにも 自分が 無知で無力だったことが 申し訳ない。
ほんとうに ごめんなさい。
できることを しなければ。
声をあげなければ。
そう おもいます。
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リンク集
*京都大学原子炉研究所の小出裕章先生の講演。ほんとうのことを知るために。
*同じく小出裕章先生の電話インタビュー(3/17)の書き起こしページ。とりいそぎの一読のために。ただし、このインタビューの時点よりも、今の状況は悪化しているはずです。
*地震学者の石橋克彦先生は、日本で原発事故を含めた複合震災が起きる可能性があることを5〜6年前に衆議院の予算委員会で警告されていました。今、その通りのことが起きています。
*福島以上に危ないと言われてきた、静岡の浜岡原発について:「浜岡原発はほんとうに大丈夫なのか」
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