* 悲 スティーブ・ジョブスが・・・

2011/10/06 | Filed under 生活 | Tags .

昨日、Appleのスティーブ・ジョブスが亡くなりました。今日のニュースは どこもそれがトップ。

7年程前に 膵臓がんであることが公表され、最近では ずいぶん痩せてきてしまっていたことから、すでにみんな 覚悟はしていたと思いますが、私も一人のMac愛用者として、長年のファンとして、すごく悲しい。。。(たぶん夫は私の10倍悲しんでいる)

おもえば、Appleコンピューターを知ったのは、夫(もともと建築の設計業、現在LINNET代表)がApple好きだったからですが 20年以上前。はじめて買ったマシンは、IICiという機種で、車が買えるほどの値段でした。

でも、そのマシンとの出会いで、私も人生が変わったような気がします。イラストレーターやフォトショップ、今はインデザインなどを使って 自分でもレイアウトラフを作れるようになったから。それがなかったら、今のように文章と絵とをこまかく組み合わせて作るような本の仕事が どの程度できていたかどうか。

それに、オンラインショップだけで始まったLINNETも、Macがなかったら 全く始められなかったとおもいます。ソフトバンクの孫さんは、ジョブスをレオナルド・ダヴィンチにたとえておられましたが、私は、それを聞く前、頭の中で、宗教改革をしたカルヴァンや、共産主義を唱えたマルクスとかを ジョブスに並べて思い出していました。

1955年生まれのスティーブ・ジョブスは、当時、ウィスコンシンの大学の学生どうしのカップルで、未婚だった両親のもとに生まれて、ジョブス夫妻の養子として育てられたというのは、有名な話です。生みの両親(お父さんはシリア人で、政治学などを学び 今はアメリカで飲食店などを経営する実業家。また、お母さんはドイツ、スイス系のアメリカ人。その後1962年に離婚)は、ジョブスが生まれて10ヶ月後に 正式に結婚して、1957年に2歳年下の妹が生まれたのですが、モナ・シンプソンという名前のその方は今、UCLAの英語の教授をしながら、アメリカで小説家として活躍しているそうで、日本でも何冊か翻訳されているみたいです。

2人はおとなになってから、スティーブが27歳の時にはじめて会い、それ以来 しょっちゅう連絡しあうようになって、兄妹として仲良くしていたそうです。

ジョブスは、「自分の両親は、養父母だけであり、自分の性格、人間性は、遺伝ではなく環境によって作られたものだ」とも言っていたようなのですが、妹と自分がとてもよく似ていること(たぶん内面的に)を発見したことは、彼の人生に なんらかの影響をあたえた、とニューヨークタイムズ紙のスティーブ・ローが書いています。「その結果、ジョブスは、目の前の状況をすぐに変えようと焦ることがあまりなくなり、また人生は、生まれつき受け継いだものから、ある程度は、自然に導き出されて来る、ということを確信するようになった」

ジョブスの父親Abdulfattah Jandali氏は、スティーブを養子に出した理由を こう語っています。

「自分たちは当時23歳でまだ学生だった。彼女(スティーブの母)の父親は、とても保守的な人で、当時、私たちの結婚を許そうとしなかった。スティーブはカリフォルニアで生まれ、そこで、養子縁組の手続きをした。

私は、息子(スティーブ)を誇りに思う。息子は、シリアの名前で、シリア人の息子として育ったとしても、同じように成功したはずだ。けれども、私は彼を育てることは出来なかった。もし、時が戻れるなら、もう一度正しい選択をしたいとも思う。私は、間違いを犯した。でも、結局、今は良い結果が出ているから、これで良かったのかもしれない。」

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