Archive for May, 2009

* 高村智恵子の生まれた家

2009/05/25 | Filed under アート | Tags .

野の花えほん」の「ねじばな」のページの取材で、昨年秋、福島にいきました。「ねじばな」の別名「もじずり」の語源になっている、福島県の「もじずり染め」というのが実際にどういうものなのか、わからなかったのですが、福島県にある「文知摺観音」というお寺を訪ねれば、復元した染め物や、もじずり染めに使った石などを見せて頂けるとわかり、訪ねることにしたのでした。それで描いたのが、もじずり染めの絵です。

そして、宿泊した旅館から車で30分程の所に「高村智恵子の生家/美術館」があるのを知り、取材をした次の日の朝、寄る事が出来ました。昔から高村智恵子の紙絵に惹かれていて、智恵子抄の他、「智恵子飛ぶ」(津村節子著)などの伝記も読んでいたので、かなり嬉しかったです。

裕福な造り酒屋だったという生家は、一時人手に渡ったそうですが(この実家の破産、没落が、智恵子の精神病の発症の引き金になった面があるようです)よく保存されていて、裏にはこじんまりした美術館があり、智恵子の紙絵の実物と、油絵が展示されていました。夫の高村光太郎によると、智恵子は油絵を描こうとして、努力を続けていたけれども、上手く描けないことに悩んでいたそうです。

わたしは智恵子の紙絵や、若い頃に描いた「青踏」という雑誌の表紙画を見ても、高村智恵子は グラフィックデザイナー的なセンスが秀でた人で、「平面」の表現の人だと思います。今で言うと、ブルーノ・ムナーリとか、そういったジャンルの仕事にとても向いていた人だと思うのです。

智恵子はどうして、油絵にこだわっていたのでしょう。油絵というのは、絵という平面に見えますが、わたしが思うに、実は「立体」に近い気がするのです。油絵の具は、水彩に比べると、粘土にも近く、この立体物をキャンバスにくっつけていく事で微妙な陰影や色や形が生まれます。ただ、ルネサンスとかファンアイクなどの時代には、油絵はもっと平面的なものだったかもしれません。でも、おそらくは印象派以後、油絵はどんどん立体的なものに発展したと思います。そして、パリ画壇の影響を受けた当時の日本の画壇の方向性もそういったものだったと思います。智恵子の残した油絵を見ると、モネやゴッホの絵のごとく、絵の具を立体的に盛り上げてありました。そして、光太郎が描き残すように、それはやっぱり「習作」の状態と見え、後に智恵子が作った斬新な紙絵の完成度とは違う次元でした。

ここでもうひとつ思い出すのは、油絵の顕著な特徴。絵の具が乾くのに時間がかかり、つまり作業に時間がかかることです。頭の中にあるイメージがあるとして、それを手でつむぎ出すのに、泥をこねて何日も格闘するような、そういう作業を経なければいけません。グラフィックデザインのように瞬時に、作りたいイメージに必要な色、形を取捨選択し、平面を構成してピタッと決める、そういう、ある程度「一発勝負的な」作業とはかなり違っています。智恵子は紙絵を作る時、色紙や包み紙をしばらく眺めた後、ほとんど迷うことなくハサミを入れて、かなりの速度で作っていたそうです。デザインという作業の中に先天的にある潔さ、それが智恵子には備わっていたように思えるのですが、その潔さは、油絵の具の可能性を追求しながらドロドロになって格闘していく油彩とは、相容れないものだったのかもしれません。もしかすると、現代の、すぐに乾くアクリル絵の具を彼女が手にしていたら、絵画的な表現をするにしても、何かが違っていた可能性もあると思います。

智恵子はグラフィックデザイナー的才能の人であり、油絵は向いてなかった。そんな単純な事実が そこにあったのではないかと思います。けれども、彼女がその縛りから抜けられなかった理由は何だったのか。彼女自身がこだわる性格だった、高村光太郎が「立体」の人だったという影響、当時の画壇の雰囲気。。。いろんな理由があるのかもしれません。

狂気の中で、始めて彼女がその縛りから解放され、最晩年の短期間の間に、おびただしい数のあの美しい紙絵作品群を作り出したことを思うと、切ないです。

Tags: .



* 恩師のことば

2009/05/23 | Filed under アート | Tags .

数日前、恩師の先生と久しぶりにお電話でお話しました。大学に通っていた頃、先生が主宰されていた洋画のアトリエで、美大を受験する高校生の子たちに混じって、デッサンを習っていたのです。

実際に習ったのは2年間、今考えると短い期間ですが、頻繁に通いました。2年目は、自分ももう一回美大に行き直そうと思って、(結局やめて金融機関に就職したのですが)ずいぶん夢中になっていたと思います。先生のアトリエはずいぶん自由な雰囲気で、先生も自分の油絵を描きながら、みんなてんでに描いて、好きなおしゃべりをして。みたいな感じでした。

先生は、最近刊行された「野の花えほん」を見てくださったのですが、おっしゃるには「上手くなったらあかんで。上手い人はようさん(←関西弁で沢山の意味)いてるからな」。

実は、このコメントは、学生の頃から繰り返し、先生に言われていて、もう無意識にインプットされています。一番最初にこの言葉を聞いたのは、「絵が下手なので上手くなりたいんです」と、習い始めの時に相談した時だったと思います。

その時は、何もわからなかったけれど、確かに、技術的に上手な描き手の方は本当に沢山存在しているので、その部分では全くわたしは太刀打ち出来ないはずでした。でも、その言葉を最初にガツンと言われていなかったら、今こんなに絵を楽しく描けるようにはなっていなかったと思うのです。

そういえば先生は、一昨年のカレンダーを見て「うっわー 下手やなあ!!」とも。正直、最近ではそんな事言われるのに慣れてないので「えっ(汗)」。

先生はつねにそんな調子で、お話すると、いつも空がさーっと晴れ渡るような小気味良さがあります。20〜21歳の本当に短い間、先生との出会いがなければ、今のような絵本や絵の仕事が出来ていなかった可能性は大。若い時にどういう大人と出会うかは、その後の人生にずいぶん影響してくるのだと 今さらながら実感します。

.



* しずかな一日

2009/05/15 | Filed under 音楽 | Tags .

ここの所,仕事がオーバーワーク気味だったのですが,大きな仕事がひと山越えたので,きのうは思いきって1日お休みさせてもらいました。1年にたぶん数日しかないほどの,とても爽やかなお天気。そよそよと風に揺れる藤の葉を眺め、さわさわという葉ずれの音をひたすら ぼーっと聞いて午後じゅう過ごしてしまいました。

音楽も何もなしの,ひたすら静かな沈黙の中にいると すこしずつ頭も体もほぐれてくるようです。

日が暮れかけたころ,すこし元気を取り戻して来たので,音楽をかけてみました。

チェロかバイオリンのソロの演奏が好きで,よく聞きます。このようなソロ曲に共通して言えるのは、音が演奏されているのでありながら,たいへん「静寂」を感じさせてくれること。

それは,楽器の音がいっぽうにあって,それが響き渡るための「静寂」があるからだと思います。白い紙に描かれた墨絵のようなもので,墨がにじむための紙の白が存在しているというのに似ているのです。

奏でられている音楽を聞きながら、一方でその音楽を受けとめている「静寂」をあじわっているような気がします。

今日聴いていたのは,最近お気に入りのチェロのCD. 夫がitunesで購入しました。Jean-Guihen Queyrasというチェリストの演奏です。わが家では「羽賀研二みたいな人のチェロ」で話が通じてます。。(この方の別の写真を見ると、とくに羽賀研二似という訳ではないですが,この写真はよく似ているような)

Tags: .