* ブダペストのアンティークリネン

2014/11/23 | Filed under リネン | Tags , , , , .

ハンガリーの首都、ブダペストの中心地、ハンガリー民俗博物館から南に歩いて数分の一角にアンティークショップがたくさん並んでいるのを、現地で教えていただきました。

その中にあるAnnaさんのお店は、アンティークリネンのコレクションが膨大にあるお店です。

ハンガリーという国は、古くはフン族というアジア系の遊牧民が侵入してきたり、一時はオスマントルコの勢力下に置かれたりなど、東方の影響も強い中でも、17世紀ごろからはオーストリア=ハンガリー帝国としてハプスブルグ家の統治されていたと読みました。さらにナチスドイツに占領され、そのあとはソ連の勢力圏内に入り、共産主義政権ができて、、、一回読んだだけではとても覚えられないくらい、複雑な歴史を持っている国です。

それもこれも、ハンガリーの位置しているカラパチア盆地という広い平原に、四方八方から、いろんな人たちが侵入してくるというめぐり合わせのためかもしれません。

それでも20世紀のはじめごろまで、ハプスブルグ王朝の国だったこともあり、首都ブダペストは華麗で荘厳な建物があちらこちらにあり、町に並ぶ建物もどれもこれも美しく、美しいヨーロッパの古い町という雰囲気です。こんな美しい町に共産主義の時代があったなんて、想像できないような気がしました。

そのとき、店内でアンティークリネンを選びながら、ふと頭の中にそういうことが浮かび、レジのテーブルに座っている女性にお聞きしてみたくなったのが、Annaさんとお話するきっかけになりました。

「共産主義の時代には、こういうお店はブダペストにあったんでしょうか?」

と聞くと、

「いえ、もちろんありませんでしたよ。私は、1997年にこの店をはじめました」

というお答え。つまり、そこに座っていたAnnaさんが、店主であることを知りました。

Annaさんは、トランシルバニアの出身だそうです。年齢は、今60歳くらいの世代の方でしょうか。トランシルバニアと言えば、吸血鬼ドラキュラのいたところとして有名で、たしかルーマニアなのでは?と思いますが、民俗文化的には、トランシルバニアもハンガリー(マジャール)の一部だそうです。

さらにAnnaさんはつづけて、

「わたしの若い頃、トランシルバニアは、チャウチェスク独裁政権の本当に恐ろしい時代でした。そのとき、友人が、ハンガリーかドイツに移住するようにすすめてくれたのです。それでブダペストに来て、ここで結婚し家庭をもち子供も育てました。チャウチェスク政権が終わってからやっと、自由にトランシルバニアに帰れるようになったんですよ。今も、父親がトランシルバニアに住んでいるし、3ヶ月に一回は帰ります。トランシルバニアの自然と、素朴でやさしい故郷の人たちに会って、リフレッシュされるんです。」

トランシルバニアの刺繍は独特の赤い刺繍ですが、そのほかのハンガリーの各地に、すこしずつちがう、カラフルな刺繍があります。

ハンガリーのフォークロアミュージアムでちょっと学んでみたところでは、

今私たちが「ハンガリー風の刺繍」と思って眺めている、こういった一連の刺繍は、日本でいえば藍染、刺し子のように、農村の人たちの手による庶民文化として1850年代頃以降に急速に発達したものだそうです。日本でいうと、江戸時代の末期、幕末に入る頃。日本でも大きな体制変化があったわけですが、ハンガリー、カラパチア盆地周辺でも「農奴解放」があり、その後農民の中でも富を蓄える人が出たりなどする一方で、農村での文化も一気に花開いたということのようです。

Annaさんのお店の中には、独特のトランシルバニアをはじめハンガリー独特の刺繍リネンのほか、いわゆる「ホワイトワーク」、白い薄手のリネンに同じ白い糸で、繊細な刺繍を施したものもたくさんありました。こういった白いものは、昔、オーストリア=ハンガリー帝国の時代に王侯貴族に類する人たちを中心に使われていたものなのかな、と思いました。

これらのアンティークのリネンは、それぞれのおうちで古いものを処分するときに行って、直接買い取ってくることが多いとのこと。京都の骨董商の世界と同じみたいです。

「買い取った古いリネンを、きれいに洗濯して、アイロンかけて、必要なら繕って、そしてお店に並べます。

この古いアンティークのリネンは手織りで、手刺繍でしょう?この布に触れていると、人々がそうやって一つ一つ機や針を動かして作っているところを感じて、とても愛しく思えてしかたないんですよ」

Annaさんはとてもほんわかとした、手仕事の温かみを愛しているというイメージにぴったりのやさしい方でした。それと同時に、強い望郷の思いを抱いておられることも伝わってきました。

最後に、Annaさんは、こういうふうにおっしゃっていました。

「だから、私は、長年の間二重生活をしてきたということになりますね。ブダペストに暮らしているけど、心はいつもトランシルバニアにあるのです。」

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* フィンランドの森 プチ体験

2014/11/22 | Filed under 動物, 自然科学 | Tags , , .

コルケアサーリの浜辺と森↑
11月の前半、ハンガリーのブダペストと、フィンランドのヘルシンキに行ってきました。主な目的はブダペストでCELC(ヨーロッパのリネン組合)の会議に参加することで、ヘルシンキはおまけ。
ブダペストのことはまた後日書くことにして、今日は、今も頭の中でその風景がキラキラと輝いているヘルシンキの森のことを、記録として書いておきたいと思っています。
わたしは、ヘルシンキに行くのは始めてで、今回はどうしても動物園に行きたいと思っていました。
それで動物園のあるコルケアサーリに行ったのですが、コルケアサーリでもう1つとても良かったのは、動物園の入り口の向かって左側に、遊歩道のあるちょっとした森があって、そこを散歩できたことです。そこは小さな島なので、浜辺もあります。森は、針葉樹と白樺の混じった森で、ところどころ露出した岩盤があったりします。
下鴨神社の糺の森の4~5倍くらいの面積があるような気がしたので、50haくらいでしょうか。端から端までまっすぐ歩いても小一時間はかかります。
森としては、それほど広い訳ではなく、ところどころバス道にも接していますが、フィンランドの森の雰囲気はじゅうぶん感じられます。しかも森を抜けて浜辺に出られるという贅沢さ。
ここがあまりにも気に入ってしまって、3日間、朝の10時ごろから2時ごろまで、通ってしまいました。(11月のヘルシンキでは、2時をすぎると、もう夕方のような感じです)
最初の日は曇り、次の日は霧、そして最後の日は幸運なことに快晴になりました。
森の中は、それはそれは静かで、晴れの日でも他の人とは3時間で4~5組出会っただけ。犬の散歩、ジョギングの人、子供連れの人、、、それが50haくらいの中にいるので、だいたい一人で歩いている状態です。下鴨神社の森だと、11haの場所にいつもおそらくは500~1000人くらいの人が歩いているのですが、この森は静寂そのものです。とくに霧の日は、私のほかに1~2人歩いてる人をちらりと見たくらいで、ほんとうに森の中にひとりぼっち、ということがほとんどでした。
陰鬱とも感じられる霧の日の森と浜辺。それはそれで、美しく、そして少しこわくて寂しかった。
そのとき「霧の中のはりねずみ」を思い出しました。きっとあのハリネズミが歩いた森も、こんなふうに霧につつまれて薄暗く、寂しくてすこしこわくて、友達の家にやっとジャムを届けられた時には、どんなにかうれしかったんだろうなと。。。
そして、そういう「お話」は、こういう寂寥感や自然の中で感じる不安感などを和らげてくれるものだということも実感しました。
打って変わって快晴だったその翌日には、低い位置からさしてくる太陽がまぶしく、空の色がおだやかな海面にうつっていて、息をのむような美しさでした。鳥の声と、静かな波打ち際の音に、心が洗われた。。。
ところで、海は、ほんとうに穏やかで、まるで湖のような気がします。葦も生えてるし、磯の香りもしないし、ほんとに海なのかな?と思って、水をちょっと味見してみると、うーん、淡水とまではいかないけど、全然塩辛くない!川と海の混じった汽水くらいの感じかな?
その疑問は、ホテルに戻ってフロントのフレンドリーな女の子に聞いてみました。(コルケアサーリまでは中央駅から8番乗り場で16番のバスに乗ることを教えてくれたり、帰りのバスの時刻表を出力してくれた親切な人)
彼女によると、海に間違いないけれども、このあたりの海はあまり塩辛くないそうです。とくに、水面が凍る頃になると全然と言っていいほど塩辛くなくなるとのことでした。北のほうの海は塩辛くないというのは知らなかったのですが、鮭のように川で産卵する魚が海と行き来できるのは、北の海の水質(塩分の比率)が川とそれほど違わないせいなのかも、と思ったりしました。
下草はほとんど枯れていましたが、のこぎり草やタンジー、スミレやワイルドストロベリー、木苺などなど、葉っぱからいろいろな多年草がそこにあることがわかりました。夏にここを訪れたら、どんな景色なのでしょう。白樺は緑の葉を茂らせて、いたるところにのこぎり草や木苺などの茂みが、いっせいに花を咲かせているのでしょうか。短い夏が、まるで夢のように美しいのかなと思ったら、その季節にもう一回行ってみたくなってしまいました。
左 のこぎり草が一面、冬越し中  中央 たぶんエルダーベリー。森にいっぱいでした
右 おどり子草は、まだあちこちに咲いていました↑
さて、このヘルシンキの森は、とくに霧の日など、風景がうすいピンクがかって見える気がするのです。写真ではうまく写らないのですが、実際に本当にそう見えます。
じつは、上の浜辺の写真だともう少しよくわかるのですが、砂や石が、ピンクベージュがかっているのですね。どうやらこれは、花崗岩が多いからなのだそうです。
こういう石がよく採れるためか、ヘルシンキの街全体に、ピンクベージュがかった石が多く、建物にも、また道路の石畳にも、この色がたくさんあります。たとえばパリだったら、ベージュの石が近郊で採れるらしくて、全体がベージュ色ですが、ヘルシンキはピンクベージュ。レンガでさえも、ちょっとピンク色の強い色です。
そして、霧のときに特に風景がピンクがかって見える理由は、これは夫の意見なのですが、たぶん空中の細かい水滴に、砂など地面の色が反射しているからなのではと。。。私も、それを聞いて、そうにちがいないという気がしました。
ヘルシンキ市内の石畳。花崗岩が多い↑
はじめてのヘルシンキでは、あとはすこしデパートでおみやげにシナモンロールを買ったり、有名なアカデミア書店で本を見たりしたくらい。雑貨屋さんなどのお店系には結局行かずに終わってしまいました。
とにかく、日のある短い間、3日つづけてこの森を歩いただけで、大大大満足、わざわざヘルシンキに行ってみた甲斐がありました。
(おまけ1)動物園で見たかったのはヘラジカとトナカイでしたが、ヘラジカは飼育されていませんでした。でも、トナカイは見ることができました!!
北の国々では、トナカイはいわゆる家畜で、橇をひいたり、肉を食べたりという感じだそうです。英語でcalibooというと野生のトナカイ、家畜化されたものはreindeerとよばれています。
実物のトナカイは意外とほっそりしていて、でも、やっぱり足が大きくてカンジキみたい。これで雪の中も歩けるんだなと思いました。
ヘルシンキのコルケアサーリ動物園は、それぞれの動物がいるスペースが大きく、トナカイのいる場所も2つに分かれています。野生だと山のこっち側とあっち側みたいなテリトリーがあるのかもしれませんが、その気分をすこしでも味わえるように、という配慮なのかもしれません。大きな角をもったオスと、何頭かのメスがグループで移動していました。
そして私が近づいていくと、最初は逃げていたのですが、だんだん、興味をもってこちらに近づいてきます。なんていうか、トナカイが普通に暮らしている所に、人間が現れたみたいな感じです。シーズンオフのせいもあるのですが、入園者も数えるほどしかいなくて、動物の方が数が多いくらいなので、逆に見られているような気持ちになる動物園でした。

(おまけ2)ブダペストで、こんな↑まだら模様のカラスを見たのですが、同じのがヘルシンキにも。ヘルシンキで図鑑を買って調べてみると、読めないけど学名から、日本にもいる「ハシボソガラス」と同種のようです。

ハシボソガラスはうちの近所にもいますが、くちばしが細っそりしてるかわりに鳴き声がわりとガラガラ声でガーガーと聞こえるカラスです。

同じようなカラスは、フランスなど西ヨーロッパでは見た記憶がないので、ヨーロッパでも東寄りのほうに多いのでしょうか。

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* ふくちゃんとハナ蔵2

2014/10/29 | Filed under | Tags , , .

8月の暑い盛りでした。リビング新聞に、時々「子猫あげます」というのが載っているのを知っていたので、さっそく見てみると、いくつかあります。

その中で、電話番号から一番うちと近そうだったのが、その小さなお寺。事前に電話で相談してから、土曜日の朝、キャリーバッグをもって、夫婦で出かけました。お寺と棟つづきの家の中で、車椅子にのった、とても上品でやさしそうな老婦人と、家政婦さんが待ってくださってました。

生まれたての子猫4匹が、公園に捨てられていたのを小学生が拾い、猫好きで有名らしい、近所のこの老婦人を頼ってもってきたとのこと。そこで、老婦人が人工授乳で生後2ヶ月半まで育てたそうです。すでに一回目のワクチンも済んでいて、すごく猫を飼い慣れた方でした。

私は、じつは最初はメスをもらおうと思っていました。でも、みると、一匹だけいる三毛のメスは、警戒心が強く、ケージのすみっこに隠れています。こんなかんじだと、気が強いふくちゃんと一緒にすると、ちょっとかわいそうかもしれません。そして、老婦人も「今いる猫がメスなら、絶対、オスの方がいいと思いますよ。」

年が近いメス同士の同居は、なかなか難しいのだそうです。オスとメス、オス同士はわりと簡単なのだとか。

ほかの3匹はオスで、ケージのドアをあけると、ぱあっと飛び出て、私たちにじゃれついてきました。なんてフレンドリーなの。みんな細身で、子猫というより、ちょっと子猿っぽいけど。。

中で、まっさきに私のひざに乗ってきたのが、キジトラ白の子猫でした。ほかの2匹は全身キジトラ猫です。みんなかわいいけど、これもご縁かも?と思っていると、さらにそのキジ白子猫は、そこに置いた私たちのキャリーバッグに、自分から進んで入っていくのです。まあ、もう、これで決まりかしら。

老婦人は、「どうしても、今いる猫と合わなかったら、かわいそうなので、返してください。」と言いました。ほんとうに、子猫たちのことを大事に思っておられるようです。

そして、おみやげに、サイエンスダイエットの子猫用のカリカリと缶詰をくださいました。その子猫は、鼻の横にちょっと鼻くそ的な茶色いところがあるので、「ハナ蔵」と名づけました。そして、ハナ蔵は、家に着く頃には、すっかり私たちになついていました。

ハナ蔵 近影 16歳

今は5匹の猫が仲良く同居しているわが家ですが、ハナ蔵をもらってきたとき、はじめて「先住猫と新入り猫を仲良くさせる」という試練を経験しました。

そのとき事前に読んで調べていた本にも、先住猫が比較的若く、新入りが子猫であれば、通常うまくいくと書いてありましたが、とにかくはじめての経験なので、とても緊張していました。

さて、家について、まず、ハナ蔵を入れたキャリーをそのまま開けずに、リビングの真ん中に置いてみました。ふくちゃんは、いつものようにルルッと鳴いて(アメリカンショートヘアーは、ニャーと鳴かないようです)足元にすり寄ってきました。

でも、キャリーの前に来て、中に知らない子猫を見つけると、ゾワッと身体中の毛を逆立て、しっぽをたぬきのしっぽくらいにふくらませました。そして、鬼のような顔でシャーッ!!

さらにヴーーー!!と、まるでウシガエルのような低い声でうなっています。こんな怖いふくちゃんを見たの初めて。

すぐに一緒にするのは危ないから、最初は子猫をケージに入れておくべし、と聞いてケージも用意していました。それで、ハナ蔵をリビングのはしっこに置いたケージに入れて様子を見ることにしました。

ふくちゃんは、その日1日じゅう唸りっぱなし。夜になって、気分転換のために久しぶりの散歩に連れ出したら、楽しそうにはしゃいでいます。それでホッとしていると、塀の上に座って、急に不躾な乱入者の存在を思い出したのか、宙をみつめて、またうなっています。「思い出し怒り」をしているのでした。

2日にめになっても、ふくちゃんがずっと唸り続けたので、その次の日は、夫も私も、仕事中に空耳でその唸り声が空耳で聞こえました。こんなことで、2匹は仲良くなるのでしょうか。でも、チビでやせっぽちの子猫のハナ蔵に、もう情が移ってきてしまいました。おばあさんに返すなんて想像しただけで悲しくて・・・

悩んでいたら、3日めに入り、とりあえず、ふくちゃんは唸らなくなってきました。

なにか、いい方へ向かっているかも?

恐る恐る、ハナ蔵をはじめてケージから出すと、ハナ蔵はいきなり、ふくちゃんに甘えてぱあっとすり寄っていってしまいました。ずっと兄弟でダンゴになって暮らしていたので、1匹だけというのが寂しいのでしょう。でも、近寄ってきたハナ蔵に、ふくちゃんは大激怒。激しく威嚇して、バシッと猫パンチ。

ハナ蔵は、それくらいでは全然めげません。隙を見ては、近寄ろうとしています。

その姿は、とても健気でした。はたかれても、はたかれても、めげませんでした。とにかく、ふくちゃんに近寄りたい願望は全然衰える様子がないのです。

ハナ蔵が来てから1週間目、ふくちゃんは、なぜか、ハナ蔵の食べ残しをわざわざ食べるようになりました。最初は、お皿にさえも唸っていたのに。

それで、週末で私たちも家にいるので、とりあえず、ケージをやめてみることにして、ハナ蔵をついに室内で行動自由にしてみました。

ハナ蔵のために、屋根つきの別のトイレを置いたら、ふくちゃんは、ハナ蔵がトイレをしている間、入り口のところで待ち伏せし、でてきた所を追いかけて、猫パンチをします。いじめているような、遊びのような、微妙な感じ。

さらに2~3日がすぎると、ふくちゃんも、ハナ蔵に追いかけてもらいたそうに、走って逃げていくようになりました。でも、ハナ蔵は、まだ逃げるのに一生懸命で、そのことが飲み込めないようです。逃げていったふくちゃんは、ドアのかげから顔を出し、期待で目を見開いています。

そうこうするうち、ハナ蔵が、ふくちゃんのトイレで、ふくちゃんのウンチを必死で埋めたりしています。さらに2~3日後、2匹は、ついにちゃんとした追いかけっこをするようになりました。ハナ蔵はまだ1kg,ふくちゃんは3kg以上あるので、ハナ蔵は、追いつかれるとギャッと悲鳴をあげることもあります。ちょっと痛々しいけど、ふくちゃんのことはあまり怒らないようにして、ご飯もふくちゃんに先にあげて、なんでも、とりあえずふくちゃんを立てるようにしました。

追いかけっこをするころには、お互い、相手のトイレも自分のトイレも区別しなくなっていました。

そして、ふくちゃんも、「ハナ蔵がいると、なんだか楽しい」と思うようになってきたようです。ハナ蔵がきてちょうど2週間めくらいのころ、2匹はすっかり打ち解けていました。

ああ〜〜よかった〜〜〜(T_T) その2週間は、これまでふくちゃんと暮らした10ヶ月と同じ長さに感じられるほど、長かったような気がします。

さて、私たちの最初の目的、つまりふくちゃんの昼間の遊び相手ができたら、夜寝かせてもらえるようになるだろうか、という目的は達成されたのでしょうか?

答えはスーパー・イエス。昼間、私たちが留守の間、2匹がどうしてたのかはわかりませんが、並んで寝たり、時には遊んだり、とにかくふくちゃんも退屈しなくなったようです。夜は、4人(2人と2匹)で、ぐっすり寝られるようになりました。

さて、仲良くなったと言っても、ふくちゃんはプライドが高いので、自分が遊んでいる時にハナ蔵が割り込んでくると、気を悪くして、プイッと向こうへいってしまうこともあります。でも、2匹で激しい追いかけっこを1日に何度か必ずします。猫どうしでないと絶対できない、素早い動き。1匹飼いだった時には見たことのない、ふくちゃんの運動神経のすばらしさを見ることができました。

また、ふくちゃんは、ハナ蔵が寝起きに寄ってくると抱きかかえて舐めてあげたりもするようになりました。でも、おかえしに、ハナ蔵がなめようとすると、それはふくちゃんは嫌みたいです。

そうこうしながら、ハナ蔵の耳についていた黒い耳垢を、ふくちゃんは全部舐めて取ってくれたりもしていました。

今思い出すと、つまり、ハナ蔵がふくちゃんよりもだいぶ体が小さかった時は、ふくちゃんは、最低限の世話はやってくれていたのでした。ハナ蔵が、自分よりも大きくなってくると、だんだん鬱陶しがるようになり、やさしくなくなってきましたが。

ふくちゃんは冒険好きで、マンションのベランダから隣の屋根に脱走したり、とにかく外向的で前向き。あくまでも自分に正直で陽気なふくちゃんを見ていると、人間の私たちも、悩みごとなどでネガティブな弱気になったりするのがアホらしいと思えたりもします。それに対して、ハナ蔵はひたすら温厚で、ちょっと気弱な優しい弟キャラ。(去勢したから余計にそうなのかもしれませんが、、、)ただ、そのあと、新入りの銀次郎が来て、またその7年後にニャンカが来て、すずちゃんが来て、きよしが来て、というふうに年をとると共に子分も増えて、今ではずいぶん貫禄もついてきたと思います。

ふくちゃんは、ハナ蔵以後の猫には、かいがいしく面倒も見ないかわりに、自分の邪魔さえされなければ、新入りが来ても、お客さんの犬や猫がきても「勝手にどうぞ」という感じです。ただし、新入りが自分に対して生意気な時は、すかさずバシッと猫パンチをして、教育しますが。。。年とった今、ふくちゃん自身の気持ちは衰えていないものの、さすがに足腰は弱って、ヨボヨボ気味。小股でテコテコ歩き、高いところにはもう行けなくなりました。若い頃の運動神経では、うちの歴代の猫の中でNo1のふくちゃんですが、もう同じ動きはできません。でも、すずちゃんやきよしが仲間に加わると、子猫たちの動きをじっと眺め、つられて自分も体を動かしたくなるようです。すずちゃんが来た1昨年は、刺激を受けて、2年ぶりに庇を歩いてみたりもしていました。

うちは家族も夫と私だけ、とくに昼間は、たいてい私一人で仕事場にいます。結果、家の中はシーンとしていて、猫の好きなタイプの家だと思いますが、1匹だけだと刺激も少ないでしょう。やはり、若いときも年取ってからも、ほかの猫がいた方が、陽気で活発なふくちゃんにとっては楽しいようです。

そして、ハナ蔵の方は、ふくちゃんが自分に冷たくても、ずっと変わらずふくちゃんのことを大好きです。はじめに2匹が仲良くなったのも、ふくちゃんが根負けしたような感じ。

頼るもののない子供のときは、そばにとりあえず大人がいたら、どんな大人でも頼ろうとして寄っていくという部分はあるのかもしれません。(すずちゃんの場合は、大人猫に攻撃を受けて噛まれた経験をしていたので別でしたが)

でも、ハナ蔵の場合、自分がおとなになってからほかの子猫がきたときも、どの子猫のときも必ずその子猫が大好きです。ニャンカのときは、すでに人間でいうと15~6歳くらいの感じでしたが、赤ちゃんかわいがりとは別のかわいがり方でずいぶんかまっていたので、そのあとニャンカはハナ蔵にすっかりなついてしまいました。

単純な性格、といえばそれまでですが、こんなふうに、ただ一緒にいるからという理由だけで誰のことも大好きになれるって、意外とすごいこと。そういうメンバーがいるだけで、そのチームは、みんな幸せになり、よくまとまることができるのですから。

左から、ハナ蔵、鈴虫、ニャンカ、ふくちゃん

わが家が猫を多頭飼いできているのは、ひとえにハナ蔵のこのキャラに助けられてのことだと思います。こんな温和な優しい性格は、最初のお寺で、愛情たっぷりに育てられていた証なのかもしれません。

体はハナ蔵が家族の中で一番大きく、ちょっと太りすぎ。人間でいうとすでに80歳を超えている今も、6.8kgあります。すずちゃんときよしに慕われ、かなりハッピーな老後を送るハナ蔵おじいちゃんです。

ハナ蔵と子猫のすずちゃん

「鈴虫、そっちはあぶないぞ」
「おじいちゃーん、あそんで!!(ガジガジ)」「こらこら、もう寝なさい」
↑「きよしは僕に似てるなあ」

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* ふくちゃんとハナ蔵 1

2014/10/26 | Filed under | Tags , , , , .

↑左 生後2ヶ月  右 近影 17歳 のふくちゃん

うちの最長老猫、ふくちゃんは、今年2014年の101日で17歳になりました。

わが家の猫の中で、ふくちゃんだけは、ペットショップで買ってきたアメリカンショートヘアーで、血統書があるため、誕生日もわかっているのです。

その頃、猫や小型犬なら飼えるマンションに移って、子どもの頃からの夢だった「猫」飼いたい病にとりつかれた私。

ちょうど、友人が鴨川で拾った猫を飼い始めたという話を聞いていました。猫はトイレもすぐにおぼえるし、今は水洗トイレに流せる砂もあって、ものすごく飼いやすいと。

で、私も、捨て猫がいたら拾おうと思いましたが、そういう時に限って、捨て猫に出会いません。まだインターネットもなくて検索もできないし、、、

そんなこんなでペットショップを見てみました。1匹目の候補は、白いチンチラシルバーの子猫。すごく美人な猫でしたが、お手入れの大変な長毛種は、やっぱりちょっと。自分の髪の毛さえ、ろくに梳かさない私には、無理かな。

で、あきらめたあと出会ったのが、ふくちゃんでした。別のペットショップで、オスの兄弟と一緒にケージにいました。その時は、アメリカンショートヘアーなんて品種名も知らないくらい、猫に無知でしたが、ほとんど衝動買い。生後1ヶ月半、体重780gでした。名前の「ふく」は、私の祖母が、私が生まれたときに「福子」と名づけたがったのを両親が断ったというエピソードを聞いていたので、それにちなんでつけました。

↑うちに来たばかりのころ

家に動物が、それも子猫がいるなんて!その嬉しさ、楽しさは、言葉では言い表せないほどでした。そして、最初はブツブツ言っていた夫も、ふくちゃんがきたばかりの週は、毎日なぜか6時前に会社から帰って来たりして。。。

聞いていたとおり、トイレも一回でおぼえてくれました。でも、まだ猫を飼うのに慣れておらず、連れて帰ってからすぐにお風呂に入れて具合悪くさせたりして、申し訳ないことも多々ありました。

そんな慣れない世話のしかたでしたが、アメリカンショートヘアーの特徴なのか、個性なのか、すくすく育つふくちゃんは、とても陽気で、ものすごーく活発でした。誰にでもよくなつくし、何かを怖がるというところがほとんどありません。祇園祭の時の太鼓の音をはじめて聞いた時だけ、ベッドの下に隠れていましたが、それ以外はほとんど、怖いものなしのような感じです。

ベランダから隣の屋根に脱走して、カラスに狙われても懲りず、何度も脱走しようとし、一回は屋根から落ちたし、(でもめげてなかった)ベランダで雀を捕まえて家の中に持って入ってきたり。(室内が羽だらけになり、最後はこときれた雀が。。。しかたないので、近くの植え込みの土の中に埋葬しました)

さて、当時、私はイラストレーターの仕事をめいっぱいやっていて、ワンルームで小さな庭がついた仕事部屋を借りていたのです。どうしても庭が欲しかったのと、自宅は、長時間勤務の夫が徒歩10分で会社に行ける街中にしたので。。。そして、ふくちゃんを昼間はそこに連れていくことにして、それが日課になっていったのですが、避妊手術をした後(これがふくちゃんにはすごく負担で、ちょっと危ないことになりました)、2~3日家で留守番をさせていたら、仕事場に一緒に行くのを嫌がるようになりました。20分少々かけて車で移動していたのですが、とにかく車が嫌だったようです。

しかたなくふくちゃんは、お留守番してもらうことになりました。そうすると、昼間ひとりで寝てばかり、夜はエネルギーがあり余って大炸裂!それがだんだん大変になってきました。

夜、私たちが寝ていると、布団の上をぴょんぴょん、バサバサと激しく飛び回り、叩き起こされるのです。

それで、苦肉の索で、寝る時間までにふくちゃんにじゅうぶん楽しんで疲れてもらうため、リードをつけて散歩に行くことにしました。

しかし、猫の散歩も案外むずかしいものです。マンションの敷地内を歩くだけなのですが、犬の散歩のように、スタスタまっすぐ歩くわけではありません。塀にのぼってじーっとしたり、植え込みの中に入って、また、じーっとしたり。それを、待っていないといけないのです。しかも、夜の11時とか、そういう時間帯に。

当時私はまだ30歳すぎで、穴あきジーパンをはいて、ボサボサの長い髪をゴムで縛っているようなファッションでした。しげみに入って出てこないふくちゃんを、地べたに座って待っていると、自転車に乗ったおまわりさんがすーっと来て「こらっ、そこで何しとるんや!」と怪しい人扱い。「その袋何が入っとんのや?ちょっと見せてみ!」

手に持っていたのは、ふくちゃんがどうしても戻ってこないときに、呼び寄せるための煮干しを入れていた白いレジ袋ですが、シンナーか何かと間違われたようです。私は、30歳すぎのいちおうマトモな社会人であることを強く訴えるつもりで、ドキドキしながら、最大限の丁寧な態度で答えました。

「ご心配おかけしてすみません、私、このマンションの住民で、今、猫の散歩中なんです。これは、餌の煮干しです。」

袋の中を見せていると同時に、リードをつけたふくちゃんがしげみからガサゴソ出てきました。おまわりさんは納得してくれて、「ああ、猫の散歩でしたか。もう遅いですから、気をつけてくださいね!」と急に丁寧な言葉で言って、去って行きました。

この年になって警官に怪しまれるとは、情けない。トホホ。。。

そうかと思えば別の日、夫がマンションの理事会に出席したら、ある住民の女性が、

「この間、自転車置き場で、髪の長い不審な男が、ずっと立ってたんです!」

と訴えたそうです。夫は、「ピーン!」と来たと。つまり、それは私のこと。自転車置き場でも、たしかにふくちゃんが塀に登って、私はじっと立って待っていることがあるのです。それに私は背が165cmあり、うしろでゆわえたひっつめ髪は、当時の男の人に多かった髪型です。

そんなことが重なり、散歩してる姿が相当怪しく近所迷惑であることを自覚し、あきらめることにしました。でも、活発なふくちゃんはエネルギーを持て余して、毎日夜は大騒ぎです。ボール投げをしたり、猫じゃらしをしたり、遊んでも遊んでも、たりない感じ。

私たちはホトホト疲れてきてしまい、最終的な解決案として「遊び相手になる猫をもう一匹もらう」というアイデアが浮上しました。

(2につづく)

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* 地域猫のトラミ

2014/10/23 | Filed under | Tags , .

うちの近所には、トラミちゃんという地域猫がいます。↑

トラミは、7年前にわたしがこの地域に引っ越してきたとき、おそらく1歳になるかならないかの若い猫でした。うちのあたりより西の方のエリアでよく見かける猫で、ご近所の方複数のお話をつなぎ合わせると、そのあたりで時々餌をもらったり、生ゴミをあさったりして生きていたようです。

(ご近所の酒屋さんで飼われるようになったシャム混じりの猫ちゃんは、交通事故にあったのがきっかけで飼うようになったけど、当時、その猫といつも一緒にいたのがトラミだったとか。もしかしたら、姉妹だったのかもしれません。)

そのトラミが、2009年の1~2月ごろから、元いたエリアよりも東の、うちのあたりに出没するようになりました。すみついていたお宅(高齢のご婦人宅で、ほとんど不在)の玄関前スペースに、若いミケ猫が現れて、なわばり争いに負けたのだそうです。

↑そのミケちゃん、まだこの写真の時は生後5~6ヶ月の子どもでした。この子もは後に、飼い猫になりました。

そして、うちのニャンカをいじめていたトラ柄のボス猫(お時間があれば、ニャンカの話も、合わせてお読みください)とトラミは当時カップルで、そのボス猫を頼って来ていたようです。ニャンカの食べ残しを外に置き忘れたときには、それを食べたりしていたみたい。ちなみに、ボス猫は、どこかで十分な餌をもらえているらしく、ニャンカの餌はほとんど食べませんでした。それよりも、ニャンカをいじめて追い出して、自分の彼女というか奥さんであるトラミに食べさせようとしていたのかも。

さて、ニャンカが2月ごろ完全室内飼いになってほんの1週間くらいのうち、ボス猫はぷっつりと姿を見せなくなり、同時にトラミも見かけなくなりました。

ボス猫は、それっきり行方不明。でも、トラミは、5月の連休ごろになり、またうちのあたりによく現れるようになったのですが、なんと、両親と同じキジトラ模様の小さな子猫を2匹連れています。うわ〜〜かわいい、けど、これは大事件。。。

子猫を連れた姿はかわいいので、ご近所の方もおやつをあげたり、散歩で通る方がわざわざパンを持ってきてあげていたり。猫はパンなんて食べるのかな?と思うのですが、生ゴミをあさるくらいの飢餓状態の時は、食べるみたいです。よく、近所の生ゴミも荒らされていました。あるとき、トラミの娘の子猫が袋をやぶって何か食べているのを見たら、わらび餅。猫は完全肉食動物なのに、栄養足りてないよね、きっと。(その子猫、チッチは、子どものとき低栄養だったからか、今もかなり小柄です)

トラミも子猫も、野良度が高く、まったく近寄ることはできない状態です。で、子猫の性別はわからないけど、もし2匹ともメスだったら、このまま放置すると、来年はプラス6〜8匹で町内の野良猫は合計10匹以上になるかもしれません。

そのとき、じつは、トラミの元のなわばりから、トラミを追い出したというミケちゃんも、すごく若いのにもう子猫を生んでいました。しかも、前の年はうちの裏のお宅の庭で、ニャンカ(結局うちの飼い猫になった)の他、別にもうすこし年上の子猫が2匹生まれていたようです。(この猫たちは裏のお宅で飼われるようになり、ニャンカのなわばりのキッチンコートに時々来て、兄弟ではないニャンカとも遊んでくれるので、ニャンカはこの猫たちが来ると、とても喜んでいました)

なんだか、野良猫が爆発的に増えつつある危険を感じました。猫好きの人も多そうですが、家の中で飼えるというおうちは限られているし、飼える数にも限界があります。

一番恐れてしまうのは、猫が増えすぎて、迷惑がられて駆除されたり、いじめられたりすること。そういう事態だけは避けたい。

と、いうことで「なんとか」することを決心して、定期的に餌で馴れてもらう努力をはじめたのが6月ごろ。猫の発情期は年末頃からはじまるので、なんとしても秋の間に、避妊手術をしようと思ったのです。

餌をあげはじめると、野良猫トラミの健気なお母さんぶりに、心が動かされました。

最初のころ、鍋セットが入っていた大きめのアルミの空容器に入れて、3匹に一度にあげました。そのとき、トラミは、一歩下がって、子猫たちがおなかいっぱいになるまで、自分は食べずに我慢しています。子猫が食べ終わると、自分はがっついて、やっぱりものすごく空腹だったみたい。

また、べつのとき、トラミが一人だけでいたので、ゆでたささみをあげたら、ちょっと離れた所にくわえていって、「ルルル」という声を出しました。すると、近くの植え込みのしげみから子猫たちが出てきて、それを食べています。1個ずつ、大事そうに子猫のところにくわえて運んでいくのです。でも、3個めくらいでその美味しい味に耐えられなくなったのか、自分でも食べてしまっていましたけれど。。。

さて、避妊手術については、誰にも断らず勝手にしていいのかという疑問も、頭をよぎりました。そのときの私は、まだ引っ越してきた翌年で、近隣の事情を飲み込めてない上、野良猫に見える猫が、じつは飼い猫だったというケースをすでに目撃していたからです。でも、いろんな人がちょこちょこと餌はあげているものの、ちゃんと飼われてはいないようだし。念のため、ご飯をあげているお宅の方に確認すると、その家の猫という認識はないとのお返事。

費用のこともありました。ふつうに計算しても、3匹手術すると、10万円近くになってしまいます。

たとえば、ご近所さんに声をかけてカンパをお願いするとか。でも、当時のわたしには、そういう政治力ゼロ。今も政治力はないけど、今なら、ダメ元でお願いしてまわるくらいならできる気分ですが、その時には、それをどなたにどう言って良いかもわからないし、相談する人もいないし、そんなことをアレコレ言ってる間に、猫たちはまた妊娠してしまう可能性が高いのです。ニャンカの餌を外に置いていて、結局トラミちゃんがそれを食べてたという事実もあるし、まあ、私が避妊手術に着手する責任もあるかな。

と、いうことで、独断で、費用も全額自分が出す覚悟をきめて、任務を遂行しました。かかりつけの獣医さんに相談すると、ふつう夜は手術はしないけど、つかまえられた日に電話すれば、その日にしてくれるとのこと。念のために血液検査も。

さて、餌でうちの玄関あたりに来るようにになっていたトラミ親子ですが、触らせてくれるようになっていたわけではありません。でも、まだまだ幼い生後半年くらいの子猫2匹については、マグロのおさしみでつって、まだ2〜3kgくらいでそれほど大きくないので後ろからそーっと忍び寄って手で抱え、すぐに洗濯ネットをかぶせる方法で捕獲成功。順調に、まず最初の日にメスの子猫のチッチ、その3週後にお兄ちゃんのトラ次郎の手術をすませることができました。

トラ次郎はオスということがわかった時点で、手術しなくても、という選択肢もありました。オスは、2歳くらいまでにメスを求めて家出していなくなるから放置で良い、と考える人もいるようです。とくに私たちより高齢の世代の方には多い考え方。でも、去勢しないままオスを放置しておくと、血みどろの「仁義なき戦い」を繰り返して大騒ぎになるし、おしっこはかけるわ、病気をもらってきてしまうわ、サカリのシーズンの抗争がキッカケで、猫の移動が起こり、ほかの猫が流れて来たりで大変なのを以前住んでいた所で見ていました。で、とにかくなるべく平和な方が良いと判断して、去勢することにしたのです。

10月中に、子猫2匹は無事手術をすませ、のこったのが、お母さん猫のトラミちゃんでした。野良育ちとはいえ、まだ扱いやすい子猫たちに比べて、野良で2歳すぎまで育った生粋の野良猫です。ものすごく動きも素早く、触らせてくれないどころか、目があえばシャー!と言って逃げて行く状態。(うちの餌は食べてるけど)これをどうやって捕獲するか。。。

チッチ

巷には「捕獲器」なんてあるようですが、そんな大げさなものを家の玄関前とかに置いていたら「何事?」となってしまいますよね。それに、捕獲されたトラミが、中でうなったり大暴れなんてしたら。ここは、家が立ち並ぶ住宅街で、山の中でも、公園でもないわけで、できれば、それは最後の手段にしておきたい・・・

そこで1ヶ月ほど重点的にトラミちゃんに美味しいものをあげ、うちに毎日来てもらい、でも無理に近づいたりせず多少なりとも心を許してもらえるようつとめました。そして、ある日外のガレージで、食べてる所をそーっと捕獲に挑戦。子猫のときと同じ作戦で、後ろから洗濯ネットでガバッと包もうとしてかぶせたのですが、見事に逃げられて、洗濯ネットをひきずったまま、走って行ってしまったのです。なんとかネットは落ちたから良かったけど、そんなものをかぶったままだったら、危ない所でした。

その日は緊張でグッタリ疲れたし、トラミちゃんはまた警戒して、うちにあまり寄り付かなくなってしまいました。

手術予定日をもう一度きめ直し、トラミちゃんに餌をあげている他のおたくの方には、協力をお願いしました。(つまり、その日は、必ずうちに来てもらいたかったので、できればしばらく餌をあげないでもらえますか?とお願いしたのですが、なかなか意図が伝わらず。自分が、意外とそういうとき話下手で、説得力がないのが悲しかったです。)

でもなんとか無事に、うちに来てくれて、マグロで玄関に招き入れて、食べているところを後ろから大きな洗濯ネットをかぶせて捕獲できたのです〜〜〜!!ネットの中で暴れましたが、そのままサンタの袋みたいにしてぶらさげると、動けなくなりました。そのままキャリーバッグへ上から。ああ〜〜猛獣。怖かった〜〜〜(T_T)

足もがくがくしたまま、病院へ。そして、手術は無事に終わりました。たしか、11月の後半になっていたと思います。

↑つい最近のトラミ。避妊手術からもう5年。手術のときに剃ったおなかは、ずっと毛が生えないままなのです。自分でいつもペロペロ舐めてしまっているのでしょうか。。。このおなかを見ると、いつも申し訳ない気持ち。

さて、「手術終わりました」と書くと簡単なんだけど、メスの避妊手術って、やっぱりかわいそうなんですよね。すごく痛そうだし。オスももちろんかわいそうですが、オスの手術は軽くて麻酔も浅く、たいていは終わるとすぐに元気になります。メスはおなかを切るので痛いはずだし、麻酔も深くかけられるので、回復にはそれなりに時間がかかります。

だから、信頼できるかかりつけの獣医さんに相談して、安いからといって知らない病院に行くのは避けました。それでも手術のせいで猫が命を落とす可能性はゼロではないけど、もしそんなことが起きた時、悔やまずにいることは無理としても、最大限のベストを尽くしたと後で思えるように。。。

野良猫管理のこういう処置は、TNR(Trap Neuter Release, つかまえて、避妊去勢して、もとのところに放す)とよばれるらしく、家では飼えないけど、最低限ふやすのを止めるためにできること、というわけで、この言葉はアメリカ由来だそうです。で、「もとのところに放す」というのを、手術当日に放すのがやむを得ない場合もあるようですが、わたしの場合は、1晩は、うちの猫が来ないようにできる玄関のスペースにケージを置いて、看病しました。

すると、いつもはあんなに気丈なトラミちゃんが、目に涙をいっぱいため(これは麻酔の影響だと思いますが)、子猫のように夜通し鳴いていました。子猫のチッチのときもかわいそうで泣けましたが、今回も辛くて、私も一晩中あまり眠れず、できる限り横にいて背中を撫でてあげるしかできませんでした。

でも、翌朝は、容態も落ち着いて、麻酔も完全に抜け、表情もしっかりしてきました。ごくわずかですが、レトルトのスープも飲んでくれました。そして、外でチッチとトラ次郎の声が聞こえると、むくっと起き上がって我に帰り、出して〜〜!!と鳴き始めたトラミちゃん。チッチのときも、一晩しか看病できなかったけど、無事に回復したし、これ以上は逆に、トラミ自身にとってストレスになりそうなので、外に出すことにしました。

そして、そのあと1週間くらいは、うちには全く寄り付きませんでしたが、ご近所のほかのお宅でご飯は食べていたそうです。

↑現在のトラミ

そのあと、私もひきつづき、それまで通り餌をあげるようにしています。うちは猫がすでに4匹なので、餌やりから撤退したい気持ちも(予算的に)あったのですが、以前は生ゴミをよく荒らされていたのが、うちも餌やりに加わってから、さすがに食べたりるようになって、ゴミが全く荒らされなくなったし。。。何かあったときに捕獲して保護できるためには、餌はあげて仲良くしておいた方がいいかなと考えました。

思いがけないよかったことは、避妊手術の時以来、特に全く触れなかった警戒心の強いメスの子猫チッチが、わたしになついて、撫でさせてくれるようになったことです。子猫のチッチには、私が手術に連れて行ったことはわからず、ただ私が迎えに行って、夜通しそばについていたことだけが刻み込まれたようです。大変な目に遭っていたところを助けてくれた人、と誤解してくれて、それ以来、少しずつなついてくれました。

もともと、ものおじしない性格だったトラ次郎も、以前よりもずっとなつくようになりました。

そして、子猫たちが、わたしを含め町内の人たちになついていくにつれて、トラミも、だんだん心を開くようになっていったのです。それでも、トラミが町内の人たちみんなになれて、完全に触れるような猫になるまで、まるまる2年かかったとおもいます。

(TNRについて)

さて、それから5年。トラミ、チッチ、トラ次郎は、今もうちの町で元気です。避妊手術のときに、血液検査もしたのですが、3匹とも、猫エイズ、猫白血病ともに陰性。ニャンカの時には抱っこするだけで手が痒くなったほどノミダニだらけでしたが、そういうこともありませんでした。今も、夏だけはダニ予防でフロントラインを1回ずつつけるくらいです。ただし、3匹とも、1〜2回ずつ怪我や病気で、病院のお世話になったことがありますが。

トラ次郎。6kg以上ありそうな大柄な猫で、おおらかな性格。

わたしの家のある所は、ちょうど猫好きなおうちが向かい合わせに5軒並んでいるのもラッキーでした。でも、トイレの問題もあります。わたしは花壇のすみを開けて、そこで猫がトイレをできるようにしたり、ほかの、餌を与えているお宅の方も、そのおうちのプランターなどを猫がトイレにしているのを黙認してる状態です。でも、猫は気まぐれなので、つねにそこでしてくれるとも限りませんし、こうやって猫がいることを、快く思わない方もいらっしゃるでしょう。

一方で、並んでいる家々の方々のみならず、通りがかりの方や幼稚園の行き帰りの子供たち、ご高齢の方がたなど、今は人によくなれているこの猫たちを、可愛がっている人たちがたくさんいます。いろんな理由で自分の家では猫(やほかの動物)を飼えないけど、猫をかわいがったり、接することを楽しむ人は、想像以上に多いという印象です。

あのとき現実としては、わたしにできた最大のことはTNRで、たぶん私でない人が何かをするとしても、同じことをしたはずだと思います。もし質問を受けることがあったら、説明しようと思っていたけれど、そういうことは、まだありません。

野良猫問題は、こうすれば解決、というような解の公式はなくて、状況によると思います。うちの町内の場合は、今こういう状態で、なんとかバランスを保てている状態です。

↑左がチッチ、右がトラミ。見事にかくれてます。

悔やむとしたら、今ではすっかり触れるようになったトラミたち親子を、とくに生後半年くらいだったチッチとトラ次郎は、そのときに思い切って家の中に入れて、飼い猫にしていたら、という考えもあります。

でも、あの時は、今のように馴れてくれる状態になることが予想もつかず、また、今やすっかりご近所のみなさんにかわいがられています。うちだけに閉じ込められるより、町の自由な猫でいたいにちがいありません。

気になるのは、こういう地域猫たちは、年とったらどうなるのかな?トラミちゃんはもう7歳くらいのはずです。外で暮らせないくらいに年取ったら、うちで保護できたら、とも思いますが、ニャンカを飼いならす時でもさんざん苦労した経験があるので、長年外で暮らしているこの3匹が家の中で暮らせる猫になるかどうかは、わかりません。

避妊手術をする前も、する時も、かわいそうだし、いろいろ悩みました。その期間は本当に大変だったけど、でも今、のんびりした猫たちの姿を見ると、やっぱりあのとき手術して良かったと思っています。

避妊去勢手術は、人間の勝手といえば勝手だけれど、一番現実的で、人にとっても猫にとっても、一定の平和を得られる方法だと思います。

もし、私と同じような状況で、避妊手術について迷っている方がいたら、大丈夫、絶対手術はした方がいいよ!と声を大にして励ましたい気持ちです。

↑手前がチッチ、奥がトラミ。ちなみに、別のお宅では、トラミはナビー、チッチはバジルとおしゃれな名前です。

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* 長尾弘子さんの絵

2014/10/16 | Filed under アート | Tags .

今年の7月、12年間一人暮らしをしていた母が、京都に引っ越してきました。実家を片付けていたとき、数年間行方不明になっていたこの絵を、やっと発見。保存状態が悪くて、なんと絵に染みができてしまっていたけど、なんとか無事に見つけられて良かった・・・

子どもの頃から、家に飾ってあり、私が大好きだった絵です。大好きすぎて、結婚するときはもらってきて、ずっと自分の部屋に飾っていたのですが、自分の引っ越しの時に、いったん実家に預けたら、どこにしまったかわからなくなっていました。

この絵は、徳島県在住の長尾弘子さんという日本画家の方の作品です。もう80歳代後半になられると思いますが、今も活動されています。植物をモチーフに描かれる作品が多いと思います。

長尾さんは、今は故人である父親の仕事関係の方の奥様にあたる方で、アトリエに遊びに伺ったこともあります。(子どもだったので、何もわからなかったのが残念)そんな事情もあり、長尾さんの絵が何点か、うちにあったのです。また、ほかの画家の掛け軸とか、油絵などもあったのですが、とにかく、この絵が一番好きでした。

そして、わたしが中学生になるかならないかの頃に、長尾さんの最初の画集をいただきました。その中には、とてもうちでは入手できない、大きな作品の画像がたくさん納められていますが、その中でも何点かは、いつも飽きずに眺めていたほど、大好きでした。

↓これは、画集の中でも特に好きな絵。「碁石椿」。

その後、大人になって、いちおう教養的な美術の知識も、すこしは身につけ、超有名な日本画家、歴史的に有名な画家の展覧会もいろいろ見て、古典の中にも好きな画家もいます。等伯の「松林図」なんて、かなり好きな絵ですが、それでも、わたしは今も、長尾弘子さんの絵の方が、もっと好きです。

長尾さんのそれらの絵のどういう所が好きかというと、やわらかな空気感と、繊細だけど素朴な感じ、かな。こんな絵描いてみたい、とずっと夢みていたし、植物を描くようになったのは、こんな絵を毎日見て過ごしていた影響かもしれません。

偶然、長尾さんの絵がうちにあったからなのか、たまたま自分の中にあった感性と、家にあった絵が見事にマッチしたのか。そのせいなのかどうかわかりませんが、私は今も、西洋の絵よりも、日本画の方がすごく好きです。

このチューリップの絵は色紙に描かれているものです。小学校1年生くらいの時でしたが、和紙を開けて、その色紙が出て来た時の感動から覚えています。日々眺めるうち、子ども心に、ふんわりと描かれているのに、花びらのふちがキリッと濃いアクセントになっているのが、とにかく素敵と感じていたことも。

それに、ささっと、数えられるくらいの限られた筆さばきで描かれているのに、チューリップの量感が出ている描写力。子どもの頃、いつも眺めながら、「上手だなあ」と感じていたこともおぼえています。

こんなふうに描けたらいいなあ、と思っていた気持ちとともに、いつも心の中にこの絵を持っていました。つまり、自分の「原点」とよべるのかも。

子どもの頃、それくらい好きだと思える絵が家の中にあり、毎日身近に眺めることができたのは、しあわせだったと思います。絵が、生で手に触れられる状態で、生活の中に自然にあるという感覚でした。

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* ポロック、 フラクタル、アーホ

2014/10/14 | Filed under アート | Tags , , .

ロンドンでいろんな市民講座を展開しているGresham Collegeの講座は、ネットで視聴自由です。

その中で、少し前に、マーカス・デュ・ソートイさんが「Secret Mathmaticians」と題した講演をされていて、すごくおもしろかった。この方は、「素数の音楽」などの著書でも知られていて、イギリスではとても有名な数学者。BBCの科学系ドキュメンタリー番組(いわばNHKスペシャルみたいな)にも、よくパーソナリティーとして出演されています。

講演の内容は、音楽や建築、アートなどの中に意識的、または無意識的に見え隠れする数学的アイデアを紹介するというものでした。

音楽では、リズムパートと和音パートのそれぞれが29こと17こ、つまり素数で一固まりになっているのを2つ重ね、絶対に音が重ならないようにした曲とか(不安な気持ちを表現した音楽です。。。)、幾何学的な比率を重要視して構成された、ル・コルビュジェの「パラディオ」という建物のお話とか、もりだくさんな内容。

そして、フラクタル構造(小さな部分が、より大きな部分の相似形になっているような構造)を持つ絵というのも紹介されています。その話題で登場するのが、まずはダリ。(31:10)

ダリは、じつはかなり数学的なアイデアを好んだ画家だったとのこと。作品の中に、骸骨の目と口の中に小さな骸骨がいて、またその目と口の中にはまた骸骨が、、、というような、フラクタル構造になった絵があるのを知りました。なんだか、見ていると可愛い感じもする骸骨ですが。。。

そして、意外なことにはジャクソン・ポロックの絵も、フラクタル構造になっているというのです。ソートイさんが、講演の中で、縮尺のちがうポロックの絵の部分を見せてくれていましたが、たしかに、縮尺がちがっても同じに見える。。。(32:48)

ポロックは、絵を描くときは常に泥酔状態で、それを意識してやっていた訳ではないようだということ。ただ、まず大きなストロークで絵の具をたらし、だんだん小さくしていくという描き方が、フラクタル構造を作ったようです。

それでちなみにソートイさんが自分でポロックの真似をしてみたという絵も、パワポで見せてくださってます(34:49)が、本人も認めておられるように、たしかに、ポロックとは構造の奥行きがちがう。ポロックの絵に不満を持つ人はすごく多いけど、ポロックと同じクオリティを出すのは、実は難しいとのこと。(ほんとかな〜?)

実は私も、ポロックの絵には不満を持つ一人です。っていうか、こういうことを、アートだよと言って敢えてやったという意味では存在感があるのかもしれないけど、絵としてこれを眺めていたいかというと、とくに。。。でも、こんなふうにフラクタル構造だというふうに聞くと、楽しめました。アートの楽しみ方の1つという感じです。

ポロックと言えば、以前、東京に泊まった時に、深夜番組で、千原ジュニアが司会しているおもしろいテレビ番組を偶然見たのです。アートを「アーホ」と呼んで、今の時代の「よくそんなこと思いついたね」と言いたくなるような変わった作品を作っているアーティストを紹介するという番組。
なかばギャグにしながら、でもやっぱり感動できたり、圧倒されたり、大笑いもできるという切り口。いろんなアートがあって、「売約済み」などに使う、丸いシールを使って、巨大な夜景の絵を描いている人や、実験に使われたあとのハツカネズミの骨だけを使って、タンポポなど花の形のオブジェを作っている人とか。。。この骨のオブジェには、涙を誘われました。

そこで出ていたのが、イタコにすでに亡くなった有名アーティストを呼び出してもらって、のりうつった状態で絵を描いてもらうというのをパフォーマンス動画にして、作品として発表してるというアーティスト。

動画を見ると、イタコさんに「あなたの名前は?」と聞くと「ジャクソン・ポロック〜〜」とフルネームで、でも日本語発音で答え、あとは「憑依した」状態で、絵の具を床に置いたキャンバスにバシャバシャかけていくというあの方法で、絵を描いている所が出てきて。。。

大笑いしましたが、この番組のアート(アーホ)の紹介のしかた、とにかく秀逸です。ただアートをバカにしてるだけでは出来ないし、かといって大上段から大まじめにアートを論じてもできない、というか、そういう態度は一瞬にしてパロディ化される状態。センスの良さ、インテリジェンスを感じたなあ。(字幕つきでイギリス人に見せたらきっと、おおウケしそうです)あの番組、まだ続いてるのかな。もっと何度も見たかった。→と思って、YOUTUBEで検索したら、総集編らしいバージョンが出てきました。私が見たのは、たしか2年くらい前。イタコのポロックさん、中にあるのか、まだ未確認です。

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* 「連続体」は、ほんとにあるの?

2014/10/13 | Filed under 自然科学 | Tags .

集合論の本、というか「無限に魅入られた天才数学者たち」(アミール・D・アクゼル 青木薫訳 早川書房)を読み終わりました。といっても、2回目。この本は、とてもわかりやすいし、面白く読めるように書かれていて、あともう2回くらい読んだら、もっと頭に入りそうです。初版は2002年ということなので、もうすこし早く手にしていたら、と思いました。

「実無限って。。。」とか考えながら眠りにつくと、すごく心地よい気持ちで寝入ることができるのですが、そういう私は相当変というか、やっぱり頭の中が非日常な方へ飛んで行ってしまう体質なんでしょうか。女性は、もっと地に足のついた精神をもつ方が大半なので、私は男っぽいのかなと思うこともあります。

でも、この「無限に魅入られた天才数学者たち」を翻訳した青木薫さんも女性です。この方は、理数系を専門とされる翻訳者で、本当にすごい方。ご自身も理論物理専攻の理学博士で、専門的知識がある上、この方の訳した本を、けっこうたくさん読んでいるけど(有名なものでは、サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」とか。理論物理系の本もたくさん)、ほんとうに読みやすく訳されている。。。専門知識だけではなくて、日本語のセンスも良くて、そしてきっと心がこまやかな方なんじゃないかと思います。青木さんの訳書をまだあまり見かけなかった私の20代のころ、自然科学系の翻訳書は、訳のために読みづらさを感じることがどうしても多かった気がします。青木さんの訳のように、日本語としても、また思考の流れとしても全然つっかからずに読める自然科学書があるというのは、ほんとに感動的です。

また、この本は、青木さんの「訳者あとがき」がとても良かった。

この本のラストで、著者は、カントールの考えていた「連続体」←つまり、私たちが小学校で習った数直線と、実は同じもの は、実在するのだろうか?という問いかけを投げかけているのですが、青木さんは、それを「一般人にとって興味があるのは、「連続体は物理的実在か?」という問いではないだろうか」と解説されています。たぶん、ほとんどの読者は、ラストに同じ問いかけを心に抱いて本を閉じようとしているので、ほんとうに読者の心に沿っていると思う。

つまり、無理数が無数につまった数直線というものが、この世界の中に物質的にほんとうにあるのかしら?という問いかけなんだけど。この問いかけがすごく意味深なものに受け取れるのは、量子力学で、今のところ物質の最小単位である(とされる)電子や光子などの「量子」は、波なのか粒なのか、正体がはっきりわからないものの、1個、2個と数えられる、「離散的」な性質を持っていることがわかってきた(とされている)から。つまり、そこに「整数」が見えるという訳です。

その昔、世界は美しい整数の比で現されると信じてたピタゴラスは、無理数の存在を認めようとしなかったと言われています。でも、じつは、一辺が1の正方形の対角線は√2という無理数で、正方形みたいなシンプルな形にさえも無理数が含まれているとしたら、世界は無理数でできていると考えても全然おかしくなかったわけでした。

けれども、最近の物理学の発見でいくと、物質の最小単位は、整数で数えられるもので、世界が「連続体」に見えるのは、その最小単位があまりにも小さいからだと。。。デジタル画像の解像度が上がるほど、ジャギジャギが少なくなって画像がきれいになるのと同じことで。

最近のこの説をピタゴラスが聞いたら、きっと、泣いて喜ぶでしょうね。

もし、やっぱり連続体はない、というふうに仮定して考えてみると、ふと思うのは、たとえば円とか正方形だって、物質の世界には本当にあると呼べるのかしら?限りなく円に近い、ちょっといびつな形とか楕円とかはあるかもしれないし、限りなく正方形に近い四角形というのは、作図したりもできるかもしれませんが、完全に正確な円とか正方形みたいな図形が、人間の頭の中だけでなく、物質の世界に存在してるのかなあ?「連続体」(数直線)がないとしたら、円も正方形も、正三角形も、とにかくそういう「ユークリッド図形」は、実は、世界にはないのかも。

でも、青木さんは、だからといって数学はちっとも困らない、とも。つまり、数学の純粋な抽象的な理論は、物質世界とは違う所で、じゅうぶん成り立つものだから、、、ということなのでしょう。でも同時に、「物理的世界において、数学はなぜこれほどまでに有効なのか?」というウィグナーの問いかけを紹介されています。

こんなことばかり考えていると、ほんとに心が癒されます。現実の世界のことは、えげつないことが多すぎて、ずっと直視しているとヘロヘロになってしまう。

今日も、コヨーテの絵を描こうとして資料写真をネットで検索したら、コヨーテが増えすぎているので駆除しようという動きがあることから、コヨーテの死体や、わなにかかって傷ついた姿の写真などが大量に出てきました。背景には、結局人間社会のいろんな問題もあるわけで、是非を云々言える立場に、私はないけど、やっぱり人間って、恐ろしいなという気持ちになってしまう。見るのは辛いし、また、これを見た後で、絵を描く気力を立て直すのに余分なエネルギーが必要で、また首や肩がこるし。

そんな気分を変えることができるのが、今の私にとっては、「実無限」のような日々の現実にまったく関係ないことを、あれこれ考えて頭の中で遊ぶ時間です。

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* すずちゃんが来た日

2014/10/12 | Filed under | Tags .

2012年の9月に、当時12歳だった銀次郎という猫が亡くなりました。うまれたての時に拾って、カテーテルで授乳して育てた猫でしたが、生まれつき障害があって、心臓や呼吸器が弱かったのです。亡くなる1年前に一度危なくなったのを持ち直して、薬を飲みながらがんばっていたのですが、ある朝突然に。

銀次郎は性格がとてもフレンドリーで、うちに来てくれるお客さんたちにもすごくかわいがってもらいました。朝起きたら息を引き取ってて、最後を看取れなかったというのがあり、夫婦揃ってものすごくショックを受けてしまいました。うちの歴代の猫の中でも、とくに夫を大好きだったので、夫の悲しがり方も大変なもので、家の中があまりに暗すぎて、、、それで、子猫をもらおうという話に。

で、里親募集でもらったのが、すずちゃんです。生後2ヶ月弱くらいで、うちに来ました。

うちにいる猫のうち、きょうだいが多かったハナ蔵は、とても猫フレンドリーで、ほかの猫が大好きです。うちが何匹も猫を飼えるのは、ハナ蔵がどの猫とも仲良くするから、という要素も大きいのです。それで、今度もきょうだいの多い猫で、できればメス、と思いました。なぜか我が家では、拾い猫はオス続きなので。すずちゃんは、まだ目があかないうちにお母さん猫ごと保護された子猫で、6匹きょうだいでした。

さて、保護活動をしてる方が、すずちゃんを連れてきてくれる日。うちでたった1部屋だけ、閉めることのできるお客さん用の部屋に、ケージなどを置いて待ちました。子猫の新入りは久しぶりなので、まずはこの部屋で生活してもらって、少しずつほかの猫と馴らそうと思ったのです。

小さなすずちゃんが、やってきました。あらかじめネットで写真を見て、だいたい決めていたのですが、いちおうメスのきょうだいは全員連れてきてくれるということに。どの子も可愛くて、人にも馴れてる、、、

ほんとはみんな一緒にもらいたいけど、それは無理なので、茶色の部分が一番多いこの子に決定。↓

最初は、お母さんやきょうだいをさがして、ずっと鳴き続けていてかわいそうでしたが、その分、私たちにはすぐに馴れてくれました。

↑2日ほどは、ずっと家族を探して鳴いてた。

子猫はほんとうに馴れるのが早いし、うちのハナ蔵は、とにかく子猫の世話が好き。もともとたくさんのきょうだいと育った子猫だったら、きっと子猫の方も他の猫とスキンシップするのが大好きだろうし、2〜3日でケージから出して、あとはハナ蔵に面倒みてもらえば大丈夫、と思っていました。

↑そして、子猫の声を聞きつけたハナ蔵は、さっそく調べに来ました。すずちゃんはケージの中。

ところが、ゆっくり近づいてきたハナ蔵に、すずちゃんは、ウワーオ、ギャー!!!と、びっくりするようなけんか腰です。そして、ケージのドアをガッシャン!!と手でゆすって、すごい音をたてて威嚇。私の心臓も止まりそうなほど。まだ離乳して間もないくらい、800gあるかないかの赤ちゃん猫がです。。。

いきなりすぎたかな、、と思って、次の日、その次の日と少しずつ会わせてみましたが、激しい威嚇は変わらず。ハナ蔵は、かわいいな〜〜という感じで見ているのに、敵意200%という感じです。

これは、なかなか深刻な事態。子猫の方がこんなだと、子猫好きのハナ蔵まで、だんだんイライラしてきました。なんだか一触即発の気配。ハナ蔵が、もし本気で怒って攻撃したら、子猫の敵意はもっとエスカレートするでしょう。

すっかり読みが外れてしまい、緊張してきました。せっかく、家の中で猫どうしの良好な関係がやっと築けているというのに、軽い気持ちで子猫をもらってしまったことを後悔もしました。こんな調子で、仲良くなれるのかしら。しかも、すずちゃんの威嚇の声は、ほんとにキーッ!!という感じで、ヒステリックです。人間には、まったくそういう敵意はなくて、すぐになついてくれたのですが。

5日ほどたっても、事態はまったく好転せず、とにかく子猫のすずちゃんが一歩も退かない感じです。ものすごく気が強いのかな。。。それにしても、先住猫たちには敵意がなく、すずちゃんさえ友好的ならすぐにでも仲良くなれるのに、すずちゃんの方が変わってくれないと、このままでは。という気になり、一計を案じました。

気分を変えるためにも、健康診断という名目で、いきつけの獣医さんに連れていったのです。待合室には、犬がいつもたくさん来てるから、大きな犬とか、外の世界を少し見せてみようかしらと思って。

さて診察室でも、すずちゃんの唸ること。今まで、外にいる野良の避妊去勢手術も3匹したことがありますが、野良育ちの猫と比べても、すずちゃんのうなり声は、金切り声で病院中に響くほどけたたましく、おまけに今にも襲いかかってきそうな戦闘態勢。まだ小さいからなんとかなるけど、獣医さんも、ちょっと呆れ顔。。。

とりあえず外見には異常はなく、また小さすぎるので初回ワクチンはあと2〜3週間後ということになり、診察は終わりました。そして、待合室で、ことの次第を看護婦さんやほかの飼い主さんとお話していたら、ミニチュアダックスを連れた飼い主さんが、「じゃあ、うちの犬けしかけてみましょうか?」と言って、すずちゃんのいるバッグの近くに、ダックス君を抱っこして近づけてみました。すずちゃんは血相かえて、バッグの中で恐ろしい声で唸っています。ダックス君は、じーっとすずちゃんを見ていましたが、ワン!と吠えました。すずちゃんは、大パニックでギャー!!!。

すずちゃんにはかわいそうで、恐ろしい一幕でした。ふつうなら、こんなことしようなんていう発想はまったくないのですが。。。でも、すずちゃんは安全なバッグの中にいるので、実際に危ないことになる心配はない状態でした。だいたい全長15cmくらいしかない子猫から、こんな怖い威嚇の声が聞こえる方が怖かったです。

でも、なんと、そのショック療法は功を奏しました。家に戻ってから、ケージにハナ蔵が近づいても、すずちゃんはあまり大声で唸らなくなったのです。獣医さんで見たダックス君に比べたら、ハナ蔵が少なくとも、じぶんと同種の動物で、しかも自分に敵意を持っていなさそうなことは、わかったのでしょう。(今考えると、ちょっと危険な賭けでしたが)

それで、ほかの猫が来られないようにした上で、すずちゃんの行動範囲を少しずつ広げて、1Fのリビングなどを自由に歩く時間をふやしました。

また、ケージ越しに他の猫たちに会わせる時間を増やしましたが、すずちゃんの敵意がゼロになった訳ではなく、うなり声は減ったものの、心を開く様子は見えません。正直、子猫の方からここまで先住猫に激しい敵意があるなんて、今まで見たことがなく、かなり特殊なケースかも。獣医さんに行ってから2日目、すずちゃんが来て1週間目、夜もケージの中ですずちゃんが「出してー!」と鳴いてる声が大きくて眠れないし、なんだかわたしも育児ノイローゼみたいになってきて、「もう、この子猫は飼えない」という気持ちになってきました。こんなに他の猫に敵意があるんだから、多頭飼いではない家にもらってもらった方がいいのでは?LINNETに連れて行って、スタッフの子たちに見てもらおうかな。

そんなふうにだんだん思い詰めてしまい、朝、すずちゃんの部屋へ行って、連れていくためにバッグに入れようとしたのですが、敏捷なすずちゃんに、そこでするっと逃げられてしまったのです。そして、すずちゃんは、今まで行ったことのない2Fめがけて、階段をドタドタと駆け上がって行きました。わあ、そっちはディープな先住猫エリアなのに!!!私たちは「待ってー!!」と追いかける状態。

いきなりすずちゃんが2Fに駆け上がってきたので、他の猫たちは目が点になって逃げ腰です。でも、すずちゃんは、他の猫を見ても、どうしたわけか、もう唸りませんでした。そして、なぜか、一番母性本能の少ない、「子猫の世話なんてうんざり、寄って来ないでねお願い」という精神のふくちゃんに寄って行きます。(メスだということがわかって、お母さんみたいな感じがするんでしょうか。。)ふくちゃんはカーッ!!と怒って、ビシッと猫パンチ。

キャーッ!(←私の心の叫び)

すずちゃんが逆襲?!と思ったら、なんと、素直に猫パンチされただけで終わりました。ふくちゃんは、自分に害がなければ、他の猫とか犬がそのへんにいても気にしない性格で、「わかればいいよ」という雰囲気で、すずちゃんを無視してスタスタと自分の寝場所へ。

そして、すずちゃんは2Fじゅうを歩き回り、ほかの猫たちが寝ているベッドや、あちこちを見て回り、、、もうおとなしくケージには入りそうにないので、ケージは片付けて、見守ることにしました。片付け終わって、気づいたら、猫ベッドに寝そべっているハナ蔵の耳にじゃれてかじりついています。ハナ蔵はカーッ!!と怒っていましたが、最後はすずちゃんは、ハナ蔵おじいちゃんに抱っこされるような感じで、寝てしまいました。

へなへなと腰の力が抜けるような朝でした。突然、トンネルの向こうに抜けたというのでしょうか。考えてみると、2Fへ駆け上がっていった時は、すずちゃんが、先住猫のなわばりに侵入した状態でした。そして、すずちゃんがケージにいたときは逆で、先住猫の方がすずちゃんのなわばりに入って来たことになります。この朝は、すずちゃんが積極的に先住猫のなわばりとわかってて侵入して、それでも、先住猫たちはビックリはしたものの、唸るとか、追いかけ回すとか、攻撃するような所が一切なかったので、そういうことをすずちゃんは一瞬で感じ取って、安心したのかもしれない、とも思います。

思えば、あのときすずちゃんがバッグに入れようとしたのから逃げて、だだーっと2Fに上がって行ったときが、すずちゃんが本当にわが家のメンバーになった瞬間だった気がします。(ニャンカの時も同じようなことがあった)うちでは、寝室も仕事部屋も2Fなので、人も猫も、2Fにいる時間が長いのです。きっとすずちゃんは、みんながいる2Fに、ずっと行きたかったんでしょうね。

睡眠不足で育児ノイローゼ気味に陥ってたとはいえ、「この子猫は、飼えないかも」なんていう気持ちになったことを、今はほんとにすずちゃんに悪かったなと思っています。すずちゃんは、その時、うちの家族になりたい!と全身で自己主張してくれた訳ですから。

そして、その時以来、気がつくとすずちゃんはいつもハナ蔵のふところにもぐりこむようになりました。

ちょっと引っ込み思案なニャンカと完全にうちとけるまでさらに1週間かかりましたが、つまりうちに来て2週間後には、完全に家族の状態になりました。結果的には2週間でなじんだわけですが、生後2ヶ月に満たない赤ちゃん猫だったので、2日くらいでなじむだろうと甘く考えてしまっていたため、長く感じられてしまったのです。

そんなすずちゃんは、今2歳になり、ふだんは、かなりおっとりした猫になりました。最初の頃は、ごはんもウーウー唸りながら食べていましたが(小さな体で)、今は、ほかの猫に横取りされても、ぼーっとしています。

もともとの気の強さは、あまり発揮される機会はなくなりましたが、外の猫と会ったりした時には、今も垣間みられます。そして、体がとても敏捷。1歳年下のきよしは、すずちゃんよりだいぶ体重も重いのですが、運動神経で負けていて、プロレスをしても、今でもきよしの方が押され気味。すずちゃんは、外に出たら、喧嘩が強いのかもしれません。避妊手術のときは、麻酔が覚めた瞬間ケージ内で大暴れして、目の角膜を傷つけてしまいました(全治しましたが)。血液検査のときのうなり声もものすごく怖くて、通常の半分しか採れなかったのです。

ただ、すずちゃんの名誉のためにつけくわえると、威嚇の声は怖いけど、実際に本気でひっかいたり噛んだりはしません。ふくちゃんなら、怒ると噛んだりするのですけれど、そういう所は一切なし。

そして、予想したとおり、じつは他の猫とのスキンシップが大好きで、1年後に迷子の子猫だったきよしを拾ったときも、ほとんど当日から仲良しになり、また、ふくちゃんやニャンカにも、いつも、とてもフレンドリーです。(ふくちゃんとニャンカの場合は、自分たちの方から、ほかの猫に対してほんのすこし距離をとりたがる)

↑左から 時計回りにハナ蔵、すずちゃん、子猫のきよし

↑お勝手口の外にやってくる、地域猫のチッチと。どっちも気が強いメスどうし。

さて、今ふりかえってみて、すずちゃんが最初に持っていた、ほかの猫への激しい敵意について考えてみると。

全般的に、メスの子猫の方が警戒心は強いので、知らない人や猫に会うと隠れたり逃げたり、最初は馴れにくいというのも、あるとは思います。また、生まれつきすずちゃんは、気が強いめ、かな?(でも、気が強くないメス猫っていうのも、見たことないんだけど)

ただ、じつは、もらったときから、すずちゃんの首には1cmくらいの傷がありました。姉妹猫たちにはなくて、すずちゃんだけ。

保護されていたおうちでは、すずちゃんたち親子は隔離されてたらしいのですが、そこに別の猫が侵入して、噛まれたことがあるとのこと。傷はすでにふさがっていたので、当時、あまり深く考えませんでしたが、子猫の首に1cmの傷ができるほど噛まれたというのは、想像すると大変なことです。考えてみると、ものすごく大けがだったんじゃないのかな。その過酷な経験の恐怖で、あんなに他の猫に敵意があったのかなと、今は思います。

そして、避妊手術のときの血液検査でわかったのは、すずちゃんは猫エイズ陽性(発病していなくて、キャリアの状態)だということです。まだ検査のできない子猫のときにもらったので、そういう可能性もなきにしもあらず、というのはわかっていましたが、お母さん猫は猫エイズも猫白血病も陰性だと聞いていたので、それで子猫に感染というのはないな〜とタカをくくっていたのでした。つまり、首を噛まれたときに感染したとしか考えられません。

猫エイズについては、調べたり、獣医さんでも相談しましたが、最近では、ふつうに一緒に飼って、同じお皿を共有したり、グルーミングしあったりするくらいでは、まずうつらないことがわかってきているようです。また、ストレスのない完全室内飼いでは、発病の可能性も限りなく低いこともわかっているらしい。

なので、猫エイズのことは、なんとなく気をつける程度で、あんまり気にしないことにしました。すずちゃんと接触が一番多いハナ蔵ときよしにも、全然うつっていませんし、漏斗胸という先天性の骨の障害をもっていて心臓や呼吸器も弱かったた銀次郎に比べると、すずちゃんはとても健康な普通の猫です。

そして、自慢じゃないけど、わが家は、猫にとってかなりストレスのない家だと思うのです。もし、最初に首の傷のことを重大視して、ましてやすずちゃんを噛んだ猫が猫エイズ陽性とわかっていたら、ほかの猫たちがいるわが家では、すずちゃんでない子を選んだかもしれません。けれど、私たちは、なぜか最初から、ほぼすずちゃんに決めていたような所もあって。何かの計らいか、めぐりあわせで、すずちゃんはうちに来るべくして来たのかな、と思ったりもしています。

そして、すずちゃんが来て、銀次郎を突然亡くしたショックで、ものすごく暗かったわが家も明るくなり、だいぶ高齢のふくちゃんもハナ蔵も、すずちゃんのいる活気で若返った感じもあるし、すずちゃんと同じくかなり敏捷なニャンカには、同じレベルで体を動かせる遊び友達ができました。

この間の10月6日は、猫のすずちゃんがうちに来て、ちょうど2年目でした。

ちなみに、すずちゃんという名前は、本名は「鈴虫」です。源氏物語風の、和風のすてきな名前をつけたくて、、、「空蝉」とかの真似をして、つけてみましたが、フルネームで呼ぶ機会は、ほとんどないのです。

↑今2歳。マットにしているクロスで狩りの練習中。

↑洗面所に新しいカゴを置いたら、すぐに入る。

↑すずちゃんは、ニャンカ(右)のベッドにも、もぐりこもうとしていましたが、ひとりっこ育ちのニャンカは、すずちゃんが入ってくると、自分は移動してしまいます。他の猫とべったりくっついて寝るのは、落ち着かないらしく、10cmくらい離れて一緒にいるのが良いみたいです。

↑ふくちゃん(奥)とすずちゃん。ふくちゃんも、とても気の強い活発なメス猫です。新入り子猫のふるまいが度を越すとビシッと怒る、威厳のある教育係。子猫を無償の愛でかわいがるハナ蔵がお母さん的だとすると、ふくちゃんの方がお父さん的で、役割逆転してるかも。。

↑2013年9月、すずちゃんが1歳になった頃、保護したきよしと。

*すずちゃんの1年後に、迷い猫だったのを保護したきよしは、当時生後2ヶ月弱で、すずちゃんが来たときとほぼ同年齢。きよしの場合、まったくおとなの猫たちへの敵意がありませんでした。念のため1泊だけケージで過ごしたものの、翌日から、すぐみんなと打ち解けて、室内で自由行動してもまったく大丈夫でした。(そのせいで、きよしをとくに可愛がったハナ蔵とすずちゃんには、きよしがひいていたのと同じ風邪がうつり、みんなして病院に注射しに行くはめになりましたが)

↑2014年10月現在。すずちゃん4.5kg,きよし6kg.むぎゅ〜〜、きよし出てってよ〜〜〜。でも、プロレスをすると負けないすずちゃん。お姉ちゃんぶりは板についています。

↓そして下はハナ蔵と。

おじいちゃんになってから、こんなになついてくれる子猫が来て、じつは、一番ハッピーなのはハナ蔵だったりして。

↓おとなになっても、ハナ蔵おじいちゃんが大好きなすずちゃん、今ではどちらかというと、すずちゃんの方がハナ蔵をせっせとグルーミングしてることも多く、よく尽くすようになりました。

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* ニャンカの話

2014/10/11 | Filed under | Tags .

うちには、今猫が5匹います。わが家の猫メンバーは、ふくちゃん(17歳)ハナ蔵(16歳)銀次郎(2012年、12歳で没)、ニャンカ(6歳)、すずちゃん(2歳)、きよし(1歳)。

今6歳になるニャンカは、今の家に引っ越してきた次の年に拾った子猫です。

うちには、お勝手口の外に小さな塀で囲まれた小さなスペースがあって、キッチンコートと呼んでいます。引っ越してきたばかりで、この近所にどれだけ野良猫がいるかを自覚してなかったわたしは、そこに時々生ゴミの袋を置いていました。

8月の終わり頃、その袋がめちゃめちゃに破られて、生ゴミ散乱!それが2〜3回立て続けにおきました。カラスが犯人?!と思ったのですが、ある日、夫が「小さな穴が2つ並んであいてる」。つまり猫?

それで、お勝手口の網戸からずっと観察していると、写真のような子猫がやってきました。小さいですが、1.8mくらいの塀を自力で上り下りできるので、生後3ヶ月半くらいかしら。シャムとトラの混血みたいな色です。目は青。

一目見て、「かわいい♡!今なら、もう一匹くらい飼えるかも。。。」と思ってしまったわたしは、生ゴミ食べるくらいなら、と餌でつることにしました。

生ゴミあさるくらいだから、誰にも餌ももらえてないし、空腹だったのでしょう。ドライフードを置くと、早速食べに来ました。最初は、わたしたちが見てるのがわかると逃げてたけど、すぐに慣れて平気になり、4~5日後には、お勝手口を開けて、触れるようにもなりました。そして姪の持ってたぬいぐるみによく似てたことから、そのぬいぐるみの名前「ニャンカ」をもらって命名。

それで、はじめて抱っこをした後、手がぶあ〜〜〜っと痒くなり、相当ダニがいることがわかりました。そういえば、毛もぺちゃっとしてる。。。それで早速フロントライン投与。首筋にほんの少したらすだけのノミダニ駆除薬です。フロントラインをした翌日、ニャンカの毛はふわっふわになっていて、もう触ってもかゆくありません。うちの家猫たちには、実際あまりノミダニがわいた経験がないので実感がありませんでしたが、フロントラインは相当効く薬のようです。

そんなこんなでノミダニ駆除もできたし、今考えれば、この時点で無理矢理家の中にひきこんでいれば良かったのですが、体の弱い銀次郎もいたし、今はとりあえずご飯だけは必ず食べに来るようになったので、もう少し網戸越しに他の猫たちと慣らして、獣医さんに連れてってワクチンもしてから、、、と考えたのが、ちょっと失敗でした。

↑ニャンカを調べるふくちゃん

もともと野良育ちのニャンカ、それからさらに数週間も外で暮らすと、すでに生後5ヶ月近くになっています。そうすると、お勝手口を開けて、中には入ってくるのですが、ドアを閉めると閉じ込められた気になるのか、大パニックを起こすのです。うーん、これはなかなか難しい、かも?

11月末、ニャンカと会ってから3ヶ月弱、ニャンカが推定生後6ヶ月になり、去勢手術もしました。これを機会に家の中のケージに入れて、家の中に慣れてもらおう、と思っていたのですが、夜、ケージの中で「出せ!」と大暴れ。かえって怪我でもしそうな勢いなので、しかたなく外に出してしまいました。真夜中に。。。もう帰って来ないんじゃないかと涙しながら。

でも翌日はちゃんと帰ってきたニャンカ。それからも、外に置いた段ボールハウスで暮らしていましたが、ときどき家の中に入れて、少しずつ室内の滞在時間を長くするようにもしました。1月頃からすごく寒くなると、家の中に泊まっていくこともふえました。その時は、ほかの猫たちに見つからないよう、ソファの下にかくれてました。でも、このままだと、飼い猫でも、昼間はお出かけする猫になってしまうかな?

それが、2月に入ったころ、ぶじに完全室内飼いになってくれたのです。

きっかけは、ニャンカが成長するにつれ、もともと町内にいたボス猫にいじめられるようになったことです。そのボス猫は、ニャンカのなわばりであるはずのキッチンコートにも侵入してくるようになりました。そうすると、もううちにも来られなくなって、2日くらい行方不明になることも何度かあり、もう2度と会えないのかとまた涙。

そのときも、2日姿が見えなくて、3日め。外でニャンカの大きな鳴き声がしました。見ると、ボス猫のいない隙にキッチンコートに戻ってきて、家の中に入ろうとしてドアによじのぼり、レバーをカチャカチャと触っています。そのレバーが動くとドアが開くというのを、すっかり学習しているんですね。

急いでドアを開けて、ニャンカを家の中に入れました。相変わらずソファの下に隠れて、ほかの猫たちが寝静まると、リビングをうろうろしています。もう2度とニャンカを外に出さない、と心に決めました。

ニャンカがソファに隠れていると、ふくちゃんと銀次郎は無関心。でもハナ蔵(じつは子猫の世話好き)は、興味があって、近づいてきます。ソファの下にいるニャンカが出て来ようとすると、バシっと猫パンチ。赤ちゃん猫であれば、無条件にすぐにかわいがるハナ蔵ですが、すでにニャンカは人間でいうと15〜16歳。なんていうか、つまりこの家での礼儀を教えているような感じです。そうやってソファの下でハナ蔵とバトルを繰り返しつつ、だんだんそれが遊びみたいになってきて、しかもニャンカはハナ蔵に「参りました」というような仁義をちゃんと切ったんでしょうか、だんだん仲良くなってきました。

↑最近のハナ蔵(左)とニャンカ

朝になると、以前のように出たい出たいと鳴いていましたが、出さないようにして、約1週間目、ことのほか出たいとうるさく鳴くので、お勝手口のドアの、上下にスライドして開くガラス窓をすーっと開けてみました。そうしたら、なんと、そこにニャンカをいじめるボス猫の顔がドーン!

ボス猫は、家の中の気配を聞いて、そこに待機していたようです。

それを見たとたん、ニャンカはくるっと踵を返し、家の2Fまでダーッと駆け上がって行きました。 思えば、それが、完全に、うちの猫になった瞬間だったかも。

それ以来、ニャンカは完全室内飼いの猫です。2歳くらいまでの間は、外を覚えていて、2回ほど脱走したこともありますが、すぐに帰ってきました。6歳になった今は、ベランダや中庭だけで満足しているようです。

↑うちの猫になったばかりの頃、中庭で。

それでも、この経験で、外で育った子猫を室内飼いにすることの大変さを実感しました。獣医さんでも、「よく完全室内飼いにできましたねー」と言われます。子猫を、どのみち拾うなら、1日も早い方がいいのです。野良暮らしがしみつくと、それだけで大変。。。(だから、去年現れたきよし君は、うちで飼うかどうかは後で考えることにして、2日目に保護しました)

でもその一方で、野良育ちでも、完全室内飼いにできるんだ!とも。

あとでご近所さんと話すと、ニャンカは、どうやらうちの裏のお宅の敷地内で生まれた子猫のようです。そのお宅の敷地は広くて、離れの裏の方は、薮のようになっています。ここなら、猫やイタチが繁殖してても、確かに人目につかないかも。。。そのお宅のご主人によると、子猫が生まれてたような感じだということで、お母さんはトラ猫で、そのうちいなくなったということでした。うちにはじめて来たころのニャンカは、お母さんに置いていかれたばかりだったのでしょうか。(野生の猫は、子猫がある程度育つと、そうやって子離れするようです)とにかく、ノミダニだらけで飢えて、人間の世話を受けていなかったことだけは確かです。

それから、ニャンカはたぶん、きょうだいのいない一人っ子だったようです。そのせいなのか、ほかの猫たちとは微妙に距離を保っています。捨て猫でもきょうだい揃って捨てられて、きょうだいと一緒に育ったハナ蔵やすずちゃんは、今も他の猫たちとのスキンシップが大好きで、寒い季節は年がら年中くっついて寝ていますが、そんな時でもニャンカは10cmくらい離れています。

↑奥がニャンカ、いっしょに寝るハナ蔵とすずちゃん(茶トラ白)とは少し離れてる。

それとともに、ニャンカは愛情表現が不器用で、わたしに甘えてくるのですが、けっこう強い力で噛みます。よく言われることですが、きょうだいのいない猫は、遊びの噛み加減がわからないまま大きくなるらしく、ニャンカはまさにそのタイプ。

でも、今、ニャンカと一緒に布団の上などにいると、当時のことを思い出します。こうやって、ニャンカと布団の上ですごすのが、あのときの私の夢だったな〜。実現した夢の中に、私いるんだわ。

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