* 長尾弘子さんの絵

2014/10/16 | Filed under アート | Tags .

今年の7月、12年間一人暮らしをしていた母が、京都に引っ越してきました。実家を片付けていたとき、数年間行方不明になっていたこの絵を、やっと発見。保存状態が悪くて、なんと絵に染みができてしまっていたけど、なんとか無事に見つけられて良かった・・・

子どもの頃から、家に飾ってあり、私が大好きだった絵です。大好きすぎて、結婚するときはもらってきて、ずっと自分の部屋に飾っていたのですが、自分の引っ越しの時に、いったん実家に預けたら、どこにしまったかわからなくなっていました。

この絵は、徳島県在住の長尾弘子さんという日本画家の方の作品です。もう80歳代後半になられると思いますが、今も活動されています。植物をモチーフに描かれる作品が多いと思います。

長尾さんは、今は故人である父親の仕事関係の方の奥様にあたる方で、アトリエに遊びに伺ったこともあります。(子どもだったので、何もわからなかったのが残念)そんな事情もあり、長尾さんの絵が何点か、うちにあったのです。また、ほかの画家の掛け軸とか、油絵などもあったのですが、とにかく、この絵が一番好きでした。

そして、わたしが中学生になるかならないかの頃に、長尾さんの最初の画集をいただきました。その中には、とてもうちでは入手できない、大きな作品の画像がたくさん納められていますが、その中でも何点かは、いつも飽きずに眺めていたほど、大好きでした。

↓これは、画集の中でも特に好きな絵。「碁石椿」。

その後、大人になって、いちおう教養的な美術の知識も、すこしは身につけ、超有名な日本画家、歴史的に有名な画家の展覧会もいろいろ見て、古典の中にも好きな画家もいます。等伯の「松林図」なんて、かなり好きな絵ですが、それでも、わたしは今も、長尾弘子さんの絵の方が、もっと好きです。

長尾さんのそれらの絵のどういう所が好きかというと、やわらかな空気感と、繊細だけど素朴な感じ、かな。こんな絵描いてみたい、とずっと夢みていたし、植物を描くようになったのは、こんな絵を毎日見て過ごしていた影響かもしれません。

偶然、長尾さんの絵がうちにあったからなのか、たまたま自分の中にあった感性と、家にあった絵が見事にマッチしたのか。そのせいなのかどうかわかりませんが、私は今も、西洋の絵よりも、日本画の方がすごく好きです。

このチューリップの絵は色紙に描かれているものです。小学校1年生くらいの時でしたが、和紙を開けて、その色紙が出て来た時の感動から覚えています。日々眺めるうち、子ども心に、ふんわりと描かれているのに、花びらのふちがキリッと濃いアクセントになっているのが、とにかく素敵と感じていたことも。

それに、ささっと、数えられるくらいの限られた筆さばきで描かれているのに、チューリップの量感が出ている描写力。子どもの頃、いつも眺めながら、「上手だなあ」と感じていたこともおぼえています。

こんなふうに描けたらいいなあ、と思っていた気持ちとともに、いつも心の中にこの絵を持っていました。つまり、自分の「原点」とよべるのかも。

子どもの頃、それくらい好きだと思える絵が家の中にあり、毎日身近に眺めることができたのは、しあわせだったと思います。絵が、生で手に触れられる状態で、生活の中に自然にあるという感覚でした。

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* ポロック、 フラクタル、アーホ

2014/10/14 | Filed under アート | Tags , , .

ロンドンでいろんな市民講座を展開しているGresham Collegeの講座は、ネットで視聴自由です。

その中で、少し前に、マーカス・デュ・ソートイさんが「Secret Mathmaticians」と題した講演をされていて、すごくおもしろかった。この方は、「素数の音楽」などの著書でも知られていて、イギリスではとても有名な数学者。BBCの科学系ドキュメンタリー番組(いわばNHKスペシャルみたいな)にも、よくパーソナリティーとして出演されています。

講演の内容は、音楽や建築、アートなどの中に意識的、または無意識的に見え隠れする数学的アイデアを紹介するというものでした。

音楽では、リズムパートと和音パートのそれぞれが29こと17こ、つまり素数で一固まりになっているのを2つ重ね、絶対に音が重ならないようにした曲とか(不安な気持ちを表現した音楽です。。。)、幾何学的な比率を重要視して構成された、ル・コルビュジェの「パラディオ」という建物のお話とか、もりだくさんな内容。

そして、フラクタル構造(小さな部分が、より大きな部分の相似形になっているような構造)を持つ絵というのも紹介されています。その話題で登場するのが、まずはダリ。(31:10)

ダリは、じつはかなり数学的なアイデアを好んだ画家だったとのこと。作品の中に、骸骨の目と口の中に小さな骸骨がいて、またその目と口の中にはまた骸骨が、、、というような、フラクタル構造になった絵があるのを知りました。なんだか、見ていると可愛い感じもする骸骨ですが。。。

そして、意外なことにはジャクソン・ポロックの絵も、フラクタル構造になっているというのです。ソートイさんが、講演の中で、縮尺のちがうポロックの絵の部分を見せてくれていましたが、たしかに、縮尺がちがっても同じに見える。。。(32:48)

ポロックは、絵を描くときは常に泥酔状態で、それを意識してやっていた訳ではないようだということ。ただ、まず大きなストロークで絵の具をたらし、だんだん小さくしていくという描き方が、フラクタル構造を作ったようです。

それでちなみにソートイさんが自分でポロックの真似をしてみたという絵も、パワポで見せてくださってます(34:49)が、本人も認めておられるように、たしかに、ポロックとは構造の奥行きがちがう。ポロックの絵に不満を持つ人はすごく多いけど、ポロックと同じクオリティを出すのは、実は難しいとのこと。(ほんとかな〜?)

実は私も、ポロックの絵には不満を持つ一人です。っていうか、こういうことを、アートだよと言って敢えてやったという意味では存在感があるのかもしれないけど、絵としてはどうよ?と思ってしまいます。でも、こんなふうにフラクタル構造だというふうに聞くと、それはそれで楽しめました。

ポロックと言えば、以前、東京に泊まった時に、深夜番組で、千原ジュニアが司会しているおもしろいテレビ番組を偶然見たのです。アートを「アーホ」と呼んで、今の時代の「よくそんなこと思いついたね」と言いたくなるような変わった作品を作っているアーティストを紹介するという番組。
なかばギャグにしながら、でもやっぱり感動できたり、圧倒されたり、大笑いもできるという切り口。いろんなアートがあって、「売約済み」などに使う、丸いシールを使って、巨大な夜景の絵を描いている人や、実験に使われたあとのハツカネズミの骨だけを使って、タンポポなど花の形のオブジェを作っている人とか。。。この骨のオブジェには、涙を誘われました。

そこで出ていたのが、イタコにすでに亡くなった有名アーティストを呼び出してもらって、のりうつった状態で絵を描いてもらうというのをパフォーマンス動画にして、作品として発表してるというアーティスト。

動画を見ると、イタコさんに「あなたの名前は?」と聞くと「ジャクソン・ポロック〜〜」とフルネームで、でも日本語発音で答え、あとは「憑依した」状態で、絵の具を床に置いたキャンバスにバシャバシャかけていくというあの方法で、絵を描いている所が出てきて。。。

大笑いしましたが、この番組のアート(アーホ)の紹介のしかた、とにかく秀逸です。ただアートをバカにしてるだけでは出来ないし、かといって大上段から大まじめにアートを論じてもできない、というか、そういう態度は一瞬にしてパロディ化される状態。センスの良さ、インテリジェンスを感じたなあ。(字幕つきでイギリス人に見せたらきっと、おおウケしそうです)あの番組、まだ続いてるのかな。もっと何度も見たかった。→と思って、YOUTUBEで検索したら、総集編らしいバージョンが出てきました。私が見たのは、たしか2年くらい前。イタコのポロックさん、中にあるのか、まだ未確認です。

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* 「連続体」は、ほんとにあるの?

2014/10/13 | Filed under 自然科学 | Tags .

集合論の本、というか「無限に魅入られた天才数学者たち」(アミール・D・アクゼル 青木薫訳 早川書房)を読み終わりました。といっても、2回目。この本は、とてもわかりやすいし、面白く読めるように書かれていて、あともう2回くらい読んだら、もっと頭に入りそうです。初版は2002年ということなので、もうすこし早く手にしていたら、と思いました。

「実無限って。。。」とか考えながら眠りにつくと、すごく心地よい気持ちで寝入ることができるのですが、そういう私は相当変というか、やっぱり頭の中が非日常な方へ飛んで行ってしまう体質なんでしょうか。女性は、もっと地に足のついた精神をもつ方が大半なので、私は男っぽいのかなと思うこともあります。

でも、この「無限に魅入られた天才数学者たち」を翻訳した青木薫さんも女性です。この方は、理数系を専門とされる翻訳者で、本当にすごい方。ご自身も理論物理専攻の理学博士で、専門的知識がある上、この方の訳した本を、けっこうたくさん読んでいるけど(有名なものでは、サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」とか。理論物理系の本もたくさん)、ほんとうに読みやすく訳されている。。。専門知識だけではなくて、日本語のセンスも良くて、そしてきっと心がこまやかな方なんじゃないかと思います。青木さんの訳書をまだあまり見かけなかった私の20代のころ、自然科学系の翻訳書は、訳のために読みづらさを感じることがどうしても多かった気がします。青木さんの訳のように、日本語としても、また思考の流れとしても全然つっかからずに読める自然科学書があるというのは、ほんとに感動的です。

また、この本は、青木さんの「訳者あとがき」がとても良かった。

この本のラストで、著者は、カントールの考えていた「連続体」←つまり、私たちが小学校で習った数直線と、実は同じもの は、実在するのだろうか?という問いかけを投げかけているのですが、青木さんは、それを「一般人にとって興味があるのは、「連続体は物理的実在か?」という問いではないだろうか」と解説されています。たぶん、ほとんどの読者は、ラストに同じ問いかけを心に抱いて本を閉じようとしているので、ほんとうに読者の心に沿っていると思う。

つまり、無理数が無数につまった数直線というものが、この世界の中に物質的にほんとうにあるのかしら?という問いかけなんだけど。この問いかけがすごく意味深なものに受け取れるのは、量子力学で、今のところ物質の最小単位である(とされる)電子や光子などの「量子」は、波なのか粒なのか、正体がはっきりわからないものの、1個、2個と数えられる、「離散的」な性質を持っていることがわかってきた(とされている)から。つまり、そこに「整数」が見えるという訳です。

その昔、世界は美しい整数の比で現されると信じてたピタゴラスは、無理数の存在を認めようとしなかったと言われています。でも、じつは、一辺が1の正方形の対角線は√2という無理数で、正方形みたいなシンプルな形にさえも無理数が含まれているとしたら、世界は無理数でできていると考えても全然おかしくなかったわけでした。

けれども、最近の物理学の発見でいくと、物質の最小単位は、整数で数えられるもので、世界が「連続体」に見えるのは、その最小単位があまりにも小さいからだと。。。デジタル画像の解像度が上がるほど、ジャギジャギが少なくなって画像がきれいになるのと同じことで。

最近のこの説をピタゴラスが聞いたら、きっと、泣いて喜ぶでしょうね。

もし、やっぱり連続体はない、というふうに仮定して考えてみると、ふと思うのは、たとえば円とか正方形だって、物質の世界には本当にあると呼べるのかしら?限りなく円に近い、ちょっといびつな形とか楕円とかはあるかもしれないし、限りなく正方形に近い四角形というのは、作図したりもできるかもしれませんが、完全に正確な円とか正方形みたいな図形が、人間の頭の中だけでなく、物質の世界に存在してるのかなあ?「連続体」(数直線)がないとしたら、円も正方形も、正三角形も、とにかくそういう「ユークリッド図形」は、実は、世界にはないのかも。

でも、青木さんは、だからといって数学はちっとも困らない、とも。つまり、数学の純粋な抽象的な理論は、物質世界とは違う所で、じゅうぶん成り立つものだから、、、ということなのでしょう。でも同時に、「物理的世界において、数学はなぜこれほどまでに有効なのか?」というウィグナーの問いかけを紹介されています。

こんなことばかり考えていると、ほんとに心が癒されます。現実の世界のことは、えげつないことが多すぎて、ずっと直視しているとヘロヘロになってしまう。

今日も、コヨーテの絵を描こうとして資料写真をネットで検索したら、コヨーテが増えすぎているので駆除しようという動きがあることから、コヨーテの死体や、わなにかかって傷ついた姿の写真などが大量に出てきました。背景には、結局人間社会のいろんな問題もあるわけで、是非を云々言える立場に、私はないけど、やっぱり人間って、恐ろしいなという気持ちになってしまう。見るのは辛いし、また、これを見た後で、絵を描く気力を立て直すのに余分なエネルギーが必要で、また首や肩がこるし。

そんな気分を変えることができるのが、今の私にとっては、「実無限」のような日々の現実にまったく関係ないことを、あれこれ考えて頭の中で遊ぶ時間です。

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* すずちゃんが来た日

2014/10/12 | Filed under | Tags .

2012年の9月に、当時12歳だった銀次郎という猫が亡くなりました。うまれたての時に拾って、カテーテルで授乳して育てた猫でしたが、生まれつき障害があって、心臓や呼吸器が弱かったのです。亡くなる1年前に一度危なくなったのを持ち直して、薬を飲みながらがんばっていたのですが、ある朝突然に。

銀次郎は性格がとてもフレンドリーで、うちに来てくれるお客さんたちにもすごくかわいがってもらいました。朝起きたら息を引き取ってて、最後を看取れなかったというのがあり、夫婦揃ってものすごくショックを受けてしまいました。うちの歴代の猫の中でも、とくに夫を大好きだったので、夫の悲しがり方も大変なもので、家の中があまりに暗すぎて、、、それで、子猫をもらおうという話に。

で、里親募集でもらったのが、すずちゃんです。生後2ヶ月弱くらいで、うちに来ました。

うちにいる猫のうち、きょうだいが多かったハナ蔵は、とても猫フレンドリーで、ほかの猫が大好きです。うちが何匹も猫を飼えるのは、ハナ蔵がどの猫とも仲良くするから、という要素も大きいのです。それで、今度もきょうだいの多い猫で、できればメス、と思いました。なぜか我が家では、拾い猫はオス続きなので。すずちゃんは、まだ目があかないうちにお母さん猫ごと保護された子猫で、6匹きょうだいでした。

さて、保護活動をしてる方が、すずちゃんを連れてきてくれる日。うちでたった1部屋だけ、閉めることのできるお客さん用の部屋に、ケージなどを置いて待ちました。子猫の新入りは久しぶりなので、まずはこの部屋で生活してもらって、少しずつほかの猫と馴らそうと思ったのです。

小さなすずちゃんが、やってきました。あらかじめネットで写真を見て、だいたい決めていたのですが、いちおうメスのきょうだいは全員連れてきてくれるということに。どの子も可愛くて、人にも馴れてる、、、

ほんとはみんな一緒にもらいたいけど、それは無理なので、茶色の部分が一番多いこの子に決定。↓

最初は、お母さんやきょうだいをさがして、ずっと鳴き続けていてかわいそうでしたが、その分、私たちにはすぐに馴れてくれました。

↑2日ほどは、ずっと家族を探して鳴いてた。

子猫はほんとうに馴れるのが早いし、うちのハナ蔵は、とにかく子猫の世話が好き。もともとたくさんのきょうだいと育った子猫だったら、きっと子猫の方も他の猫とスキンシップするのが大好きだろうし、2〜3日でケージから出して、あとはハナ蔵に面倒みてもらえば大丈夫、と思っていました。

↑そして、子猫の声を聞きつけたハナ蔵は、さっそく調べに来ました。すずちゃんはケージの中。

ところが、ゆっくり近づいてきたハナ蔵に、すずちゃんは、ウワーオ、ギャー!!!と、びっくりするようなけんか腰です。そして、ケージのドアをガッシャン!!と手でゆすって、すごい音をたてて威嚇。私の心臓も止まりそうなほど。まだ離乳して間もないくらい、800gあるかないかの赤ちゃん猫がです。。。

いきなりすぎたかな、、と思って、次の日、その次の日と少しずつ会わせてみましたが、激しい威嚇は変わらず。ハナ蔵は、かわいいな〜〜という感じで見ているのに、敵意200%という感じです。

これは、なかなか深刻な事態。子猫の方がこんなだと、子猫好きのハナ蔵まで、だんだんイライラしてきました。なんだか一触即発の気配。ハナ蔵が、もし本気で怒って攻撃したら、子猫の敵意はもっとエスカレートするでしょう。

すっかり読みが外れてしまい、緊張してきました。せっかく、家の中で猫どうしの良好な関係がやっと築けているというのに、軽い気持ちで子猫をもらってしまったことを後悔もしました。こんな調子で、仲良くなれるのかしら。しかも、すずちゃんの威嚇の声は、ほんとにキーッ!!という感じで、ヒステリックです。人間には、まったくそういう敵意はなくて、すぐになついてくれたのですが。

5日ほどたっても、事態はまったく好転せず、とにかく子猫のすずちゃんが一歩も退かない感じです。ものすごく気が強いのかな。。。それにしても、先住猫たちには敵意がなく、すずちゃんさえ友好的ならすぐにでも仲良くなれるのに、すずちゃんの方が変わってくれないと、このままでは。という気になり、一計を案じました。

気分を変えるためにも、健康診断という名目で、いきつけの獣医さんに連れていったのです。待合室には、犬がいつもたくさん来てるから、大きな犬とか、外の世界を少し見せてみようかしらと思って。

さて診察室でも、すずちゃんの唸ること。今まで、外にいる野良の避妊去勢手術も3匹したことがありますが、野良育ちの猫と比べても、すずちゃんのうなり声は、金切り声で病院中に響くほどけたたましく、おまけに今にも襲いかかってきそうな戦闘態勢。まだ小さいからなんとかなるけど、獣医さんも、ちょっと呆れ顔。。。

とりあえず外見には異常はなく、また小さすぎるので初回ワクチンはあと2〜3週間後ということになり、診察は終わりました。そして、待合室で、ことの次第を看護婦さんやほかの飼い主さんとお話していたら、ミニチュアダックスを連れた飼い主さんが、「じゃあ、うちの犬けしかけてみましょうか?」と言って、すずちゃんのいるバッグの近くに、ダックス君を抱っこして近づけてみました。すずちゃんは血相かえて、バッグの中で恐ろしい声で唸っています。ダックス君は、じーっとすずちゃんを見ていましたが、ワン!と吠えました。すずちゃんは、大パニックでギャー!!!。

すずちゃんにはかわいそうで、恐ろしい一幕でした。ふつうなら、こんなことしようなんていう発想はまったくないのですが。。。でも、すずちゃんは安全なバッグの中にいるので、実際に危ないことになる心配はない状態でした。だいたい全長15cmくらいしかない子猫から、こんな怖い威嚇の声が聞こえる方が怖かったです。

でも、なんと、そのショック療法は功を奏しました。家に戻ってから、ケージにハナ蔵が近づいても、すずちゃんはあまり大声で唸らなくなったのです。獣医さんで見たダックス君に比べたら、ハナ蔵が少なくとも、じぶんと同種の動物で、しかも自分に敵意を持っていなさそうなことは、わかったのでしょう。(今考えると、ちょっと危険な賭けでしたが)

それで、ほかの猫が来られないようにした上で、すずちゃんの行動範囲を少しずつ広げて、1Fのリビングなどを自由に歩く時間をふやしました。

また、ケージ越しに他の猫たちに会わせる時間を増やしましたが、すずちゃんの敵意がゼロになった訳ではなく、うなり声は減ったものの、心を開く様子は見えません。正直、子猫の方からここまで先住猫に激しい敵意があるなんて、今まで見たことがなく、かなり特殊なケースかも。獣医さんに行ってから2日目、すずちゃんが来て1週間目、夜もケージの中ですずちゃんが「出してー!」と鳴いてる声が大きくて眠れないし、なんだかわたしも育児ノイローゼみたいになってきて、「もう、この子猫は飼えない」という気持ちになってきました。こんなに他の猫に敵意があるんだから、多頭飼いではない家にもらってもらった方がいいのでは?LINNETに連れて行って、スタッフの子たちに見てもらおうかな。

そんなふうにだんだん思い詰めてしまい、朝、すずちゃんの部屋へ行って、連れていくためにバッグに入れようとしたのですが、敏捷なすずちゃんに、そこでするっと逃げられてしまったのです。そして、すずちゃんは、今まで行ったことのない2Fめがけて、階段をドタドタと駆け上がって行きました。わあ、そっちはディープな先住猫エリアなのに!!!私たちは「待ってー!!」と追いかける状態。

いきなりすずちゃんが2Fに駆け上がってきたので、他の猫たちは目が点になって逃げ腰です。でも、すずちゃんは、他の猫を見ても、どうしたわけか、もう唸りませんでした。そして、なぜか、一番母性本能の少ない、「子猫の世話なんてうんざり、寄って来ないでねお願い」という精神のふくちゃんに寄って行きます。(メスだということがわかって、お母さんみたいな感じがするんでしょうか。。)ふくちゃんはカーッ!!と怒って、ビシッと猫パンチ。

キャーッ!(←私の心の叫び)

すずちゃんが逆襲?!と思ったら、なんと、素直に猫パンチされただけで終わりました。ふくちゃんは、自分に害がなければ、他の猫とか犬がそのへんにいても気にしない性格で、「わかればいいよ」という雰囲気で、すずちゃんを無視してスタスタと自分の寝場所へ。

そして、すずちゃんは2Fじゅうを歩き回り、ほかの猫たちが寝ているベッドや、あちこちを見て回り、、、もうおとなしくケージには入りそうにないので、ケージは片付けて、見守ることにしました。片付け終わって、気づいたら、猫ベッドに寝そべっているハナ蔵の耳にじゃれてかじりついています。ハナ蔵はカーッ!!と怒っていましたが、最後はすずちゃんは、ハナ蔵おじいちゃんに抱っこされるような感じで、寝てしまいました。

へなへなと腰の力が抜けるような朝でした。突然、トンネルの向こうに抜けたというのでしょうか。考えてみると、2Fへ駆け上がっていった時は、すずちゃんが、先住猫のなわばりに侵入した状態でした。そして、すずちゃんがケージにいたときは逆で、先住猫の方がすずちゃんのなわばりに入って来たことになります。この朝は、すずちゃんが積極的に先住猫のなわばりとわかってて侵入して、それでも、先住猫たちはビックリはしたものの、唸るとか、追いかけ回すとか、攻撃するような所が一切なかったので、そういうことをすずちゃんは一瞬で感じ取って、安心したのかもしれない、とも思います。

思えば、あのときすずちゃんがバッグに入れようとしたのから逃げて、だだーっと2Fに上がって行ったときが、すずちゃんが本当にわが家のメンバーになった瞬間だった気がします。(ニャンカの時も同じようなことがあった)うちでは、寝室も仕事部屋も2Fなので、人も猫も、2Fにいる時間が長いのです。きっとすずちゃんは、みんながいる2Fに、ずっと行きたかったんでしょうね。

睡眠不足で育児ノイローゼ気味に陥ってたとはいえ、「この子猫は、飼えないかも」なんていう気持ちになったことを、今はほんとにすずちゃんに悪かったなと思っています。すずちゃんは、その時、うちの家族になりたい!と全身で自己主張してくれた訳ですから。

そして、その時以来、気がつくとすずちゃんはいつもハナ蔵のふところにもぐりこむようになりました。

ちょっと引っ込み思案なニャンカと完全にうちとけるまでさらに1週間かかりましたが、つまりうちに来て2週間後には、完全に家族の状態になりました。結果的には2週間でなじんだわけですが、生後2ヶ月に満たない赤ちゃん猫だったので、2日くらいでなじむだろうと甘く考えてしまっていたため、長く感じられてしまったのです。

そんなすずちゃんは、今2歳になり、ふだんは、かなりおっとりした猫になりました。最初の頃は、ごはんもウーウー唸りながら食べていましたが(小さな体で)、今は、ほかの猫に横取りされても、ぼーっとしています。

もともとの気の強さは、あまり発揮される機会はなくなりましたが、外の猫と会ったりした時には、今も垣間みられます。そして、体がとても敏捷。1歳年下のきよしは、すずちゃんよりだいぶ体重も重いのですが、運動神経で負けていて、プロレスをしても、今でもきよしの方が押され気味。すずちゃんは、外に出たら、喧嘩が強いのかもしれません。避妊手術のときは、麻酔が覚めた瞬間ケージ内で大暴れして、目の角膜を傷つけてしまいました(全治しましたが)。血液検査のときのうなり声もものすごく怖くて、通常の半分しか採れなかったのです。

ただ、すずちゃんの名誉のためにつけくわえると、威嚇の声は怖いけど、実際に本気でひっかいたり噛んだりはしません。ふくちゃんなら、怒ると噛んだりするのですけれど、そういう所は一切なし。

そして、予想したとおり、じつは他の猫とのスキンシップが大好きで、きよしを拾ったときも、ほとんど当日から仲良しになり、また、ふくちゃんやニャンカにも、いつも、とてもフレンドリーです。(ふくちゃんとニャンカの場合は、自分たちの方から、ほかの猫に対してほんのすこし距離をとりたがる)

↑お勝手口の外にやってくる、地域猫のチッチと。どっちも気が強いメスどうし。

さて、今ふりかえってみて、すずちゃんが最初に持っていた、ほかの猫への激しい敵意について考えてみると。

全般的に、メスの子猫の方が警戒心は強いので、知らない人や猫に会うと隠れたり逃げたり、最初は馴れにくいというのも、あるとは思います。また、生まれつきすずちゃんは、気が強いめ、かな?(でも、気が強くないメス猫っていうのも、見たことないんだけど)

ただ、じつは、もらったときから、すずちゃんの首には1cmくらいの傷がありました。姉妹猫たちにはなくて、すずちゃんだけ。

保護されていたおうちでは、すずちゃんたち親子は隔離されてたらしいのですが、そこに別の猫が侵入して、噛まれたことがあるとのこと。傷はすでにふさがっていたので、当時、あまり深く考えませんでしたが、子猫の首に1cmの傷ができるほど噛まれたというのは、想像すると大変なことです。考えてみると、ものすごく大けがだったんじゃないのかな。その過酷な経験の恐怖で、あんなに他の猫に敵意があったのかなと、今は思います。

そして、避妊手術のときの血液検査でわかったのは、すずちゃんは猫エイズ陽性(発病していなくて、キャリアの状態)だということです。まだ検査のできない子猫のときにもらったので、そういう可能性もなきにしもあらず、というのはわかっていましたが、お母さん猫は猫エイズも猫白血病も陰性だと聞いていたので、それで子猫に感染というのはないな〜とタカをくくっていたのでした。つまり、首を噛まれたときに感染したとしか考えられません。

猫エイズについては、調べたり、獣医さんでも相談しましたが、最近では、ふつうに一緒に飼って、同じお皿を共有したり、グルーミングしあったりするくらいでは、まずうつらないことがわかってきているようです。また、ストレスのない完全室内飼いでは、発病の可能性も限りなく低いこともわかっているらしい。

なので、猫エイズのことは、なんとなく気をつける程度で、あんまり気にしないことにしました。すずちゃんと接触が一番多いハナ蔵ときよしにも、全然うつっていませんし、漏斗胸という先天性の骨の障害をもっていて心臓や呼吸器も弱かったた銀次郎に比べると、すずちゃんはとても健康な普通の猫です。

そして、自慢じゃないけど、わが家は、猫にとってかなりストレスのない家だと思うのです。もし、最初に首の傷のことを重大視して、ましてやすずちゃんを噛んだ猫が猫エイズ陽性とわかっていたら、ほかの猫たちがいるわが家では、すずちゃんでない子を選んだかもしれません。けれど、私たちは、なぜか最初から、ほぼすずちゃんに決めていたような所もあって。何かの計らいか、めぐりあわせで、すずちゃんはうちに来るべくして来たのかな、と思ったりもしています。

そして、すずちゃんが来て、銀次郎を突然亡くしたショックで、ものすごく暗かったわが家も明るくなり、だいぶ高齢のふくちゃんもハナ蔵も、すずちゃんのいる活気で若返った感じもあるし、すずちゃんと同じくかなり敏捷なニャンカには、同じレベルで体を動かせる遊び友達ができました。

この間の10月6日は、猫のすずちゃんがうちに来て、ちょうど2年目でした。

ちなみに、すずちゃんという名前は、本名は「鈴虫」です。源氏物語風の、和風のすてきな名前をつけたくて、、、「空蝉」とかの真似をして、つけてみましたが、フルネームで呼ぶ機会は、ほとんどないのです。

↑今2歳。マットにしているクロスで狩りの練習中。

↑洗面所に新しいカゴを置いたら、すぐに入る。

↑すずちゃんは、ニャンカ(右)のベッドにも、もぐりこもうとしていましたが、ひとりっこ育ちのニャンカは、すずちゃんが入ってくると、自分は移動してしまいます。他の猫とべったりくっついて寝るのは、落ち着かないらしく、10cmくらい離れて一緒にいるのが良いみたいです。

↑ふくちゃん(奥)とすずちゃん。ふくちゃんも、とても気の強い活発なメス猫です。新入り子猫のふるまいが度を越すとビシッと怒る、威厳のある教育係。子猫を無償の愛でかわいがるハナ蔵がお母さん的だとすると、ふくちゃんの方がお父さん的で、役割逆転してるかも。。

↑2013年9月、すずちゃんが1歳になった頃、保護したきよしと。

*すずちゃんの1年後に、迷い猫だったのを保護したきよしは、当時生後2ヶ月弱で、すずちゃんが来たときとほぼ同年齢。きよしの場合、まったくおとなの猫たちへの敵意がありませんでした。念のため1泊だけケージで過ごしたものの、翌日から、すぐみんなと打ち解けて、室内で自由行動してもまったく大丈夫でした。(そのせいで、きよしをとくに可愛がったハナ蔵とすずちゃんには、きよしがひいていたのと同じ風邪がうつり、みんなして病院に注射しに行くはめになりましたが)

↑2014年10月現在。すずちゃん4.5kg,きよし6kg.むぎゅ〜〜、きよし出てってよ〜〜〜。でも、プロレスをすると負けないすずちゃん。お姉ちゃんぶりは板についています。

↓そして下はハナ蔵と。

おじいちゃんになってから、こんなになついてくれる子猫が来て、じつは、一番ハッピーなのはハナ蔵だったりして。

↓おとなになっても、ハナ蔵おじいちゃんが大好きなすずちゃん、今ではどちらかというと、すずちゃんの方がハナ蔵をせっせとグルーミングしてることも多く、よく尽くすようになりました。

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* ニャンカの話

2014/10/11 | Filed under | Tags .

うちには、今猫が5匹います。わが家の猫メンバーは、ふくちゃん(17歳)ハナ蔵(16歳)銀次郎(2012年、12歳で没)、ニャンカ(6歳)、すずちゃん(2歳)、きよし(1歳)。

今6歳になるニャンカは、今の家に引っ越してきた次の年に拾った子猫です。

うちには、お勝手口の外に小さな塀で囲まれた小さなスペースがあって、キッチンコートと呼んでいます。引っ越してきたばかりで、この近所にどれだけ野良猫がいるかを自覚してなかったわたしは、そこに時々生ゴミの袋を置いていました。

8月の終わり頃、その袋がめちゃめちゃに破られて、生ゴミ散乱!それが2〜3回立て続けにおきました。カラスが犯人?!と思ったのですが、ある日、夫が「小さな穴が2つ並んであいてる」。つまり猫?

それで、お勝手口の網戸からずっと観察していると、写真のような子猫がやってきました。小さいですが、1.8mくらいの塀を自力で上り下りできるので、生後3ヶ月半くらいかしら。シャムとトラの混血みたいな色です。目は青。

一目見て、「かわいい♡!今なら、もう一匹くらい飼えるかも。。。」と思ってしまったわたしは、生ゴミ食べるくらいなら、と餌でつることにしました。

生ゴミあさるくらいだから、誰にも餌ももらえてないし、空腹だったのでしょう。ドライフードを置くと、早速食べに来ました。最初は、わたしたちが見てるのがわかると逃げてたけど、すぐに慣れて平気になり、4~5日後には、お勝手口を開けて、触れるようにもなりました。そして姪の持ってたぬいぐるみによく似てたことから、そのぬいぐるみの名前「ニャンカ」をもらって命名。

それで、はじめて抱っこをした後、手がぶあ〜〜〜っと痒くなり、相当ダニがいることがわかりました。そういえば、毛もぺちゃっとしてる。。。それで早速フロントライン投与。首筋にほんの少したらすだけのノミダニ駆除薬です。フロントラインをした翌日、ニャンカの毛はふわっふわになっていて、もう触ってもかゆくありません。うちの家猫たちには、実際あまりノミダニがわいた経験がないので実感がありませんでしたが、フロントラインは相当効く薬のようです。

そんなこんなでノミダニ駆除もできたし、今考えれば、この時点で無理矢理家の中にひきこんでいれば良かったのですが、体の弱い銀次郎もいたし、今はとりあえずご飯だけは必ず食べに来るようになったので、もう少し網戸越しに他の猫たちと慣らして、獣医さんに連れてってワクチンもしてから、、、と考えたのが、ちょっと失敗でした。

↑ニャンカを調べるふくちゃん

もともと野良育ちのニャンカ、それからさらに数週間も外で暮らすと、すでに生後5ヶ月近くになっています。そうすると、お勝手口を開けて、中には入ってくるのですが、ドアを閉めると閉じ込められた気になるのか、大パニックを起こすのです。うーん、これはなかなか難しい、かも?

11月末、ニャンカと会ってから3ヶ月弱、ニャンカが推定生後6ヶ月になり、去勢手術もしました。これを機会に家の中のケージに入れて、家の中に慣れてもらおう、と思っていたのですが、夜、ケージの中で「出せ!」と大暴れ。かえって怪我でもしそうな勢いなので、しかたなく外に出してしまいました。真夜中に。。。もう帰って来ないんじゃないかと涙しながら。

でも翌日はちゃんと帰ってきたニャンカ。それからも、外に置いた段ボールハウスで暮らしていましたが、ときどき家の中に入れて、少しずつ室内の滞在時間を長くするようにもしました。1月頃からすごく寒くなると、家の中に泊まっていくこともふえました。その時は、ほかの猫たちに見つからないよう、ソファの下にかくれてました。でも、このままだと、飼い猫でも、昼間はお出かけする猫になってしまうかな?

それが、2月に入ったころ、ぶじに完全室内飼いになってくれたのです。

きっかけは、ニャンカが成長するにつれ、もともと町内にいたボス猫にいじめられるようになったことです。そのボス猫は、ニャンカのなわばりであるはずのキッチンコートにも侵入してくるようになりました。そうすると、もううちにも来られなくなって、2日くらい行方不明になることも何度かあり、もう2度と会えないのかとまた涙。

そのときも、2日姿が見えなくて、3日め。外でニャンカの大きな鳴き声がしました。見ると、ボス猫のいない隙にキッチンコートに戻ってきて、家の中に入ろうとしてドアによじのぼり、レバーをカチャカチャと触っています。そのレバーが動くとドアが開くというのを、すっかり学習しているんですね。

急いでドアを開けて、ニャンカを家の中に入れました。相変わらずソファの下に隠れて、ほかの猫たちが寝静まると、リビングをうろうろしています。もう2度とニャンカを外に出さない、と心に決めました。

ニャンカがソファに隠れていると、ふくちゃんと銀次郎は無関心。でもハナ蔵(じつは子猫の世話好き)は、興味があって、近づいてきます。ソファの下にいるニャンカが出て来ようとすると、バシっと猫パンチ。赤ちゃん猫であれば、無条件にすぐにかわいがるハナ蔵ですが、すでにニャンカは人間でいうと15〜16歳。なんていうか、つまりこの家での礼儀を教えているような感じです。そうやってソファの下でハナ蔵とバトルを繰り返しつつ、だんだんそれが遊びみたいになってきて、しかもニャンカはハナ蔵に「参りました」というような仁義をちゃんと切ったんでしょうか、だんだん仲良くなってきました。

↑最近のハナ蔵(左)とニャンカ

朝になると、以前のように出たい出たいと鳴いていましたが、出さないようにして、約1週間目、ことのほか出たいとうるさく鳴くので、お勝手口のドアの、上下にスライドして開くガラス窓をすーっと開けてみました。そうしたら、なんと、そこにニャンカをいじめるボス猫の顔がドーン!

ボス猫は、家の中の気配を聞いて、そこに待機していたようです。

それを見たとたん、ニャンカはくるっと踵を返し、家の2Fまでダーッと駆け上がって行きました。 思えば、それが、完全に、うちの猫になった瞬間だったかも。

それ以来、ニャンカは完全室内飼いの猫です。2歳くらいまでの間は、外を覚えていて、2回ほど脱走したこともありますが、すぐに帰ってきました。6歳になった今は、ベランダや中庭だけで満足しているようです。

↑うちの猫になったばかりの頃、中庭で。

それでも、この経験で、外で育った子猫を室内飼いにすることの大変さを実感しました。獣医さんでも、「よく完全室内飼いにできましたねー」と言われます。子猫を、どのみち拾うなら、1日も早い方がいいのです。野良暮らしがしみつくと、それだけで大変。。。(だから、去年現れたきよし君は、うちで飼うかどうかは後で考えることにして、2日目に保護しました)

でもその一方で、野良育ちでも、完全室内飼いにできるんだ!とも。

あとでご近所さんと話すと、ニャンカは、どうやらうちの裏のお宅の敷地内で生まれた子猫のようです。そのお宅の敷地は広くて、離れの裏の方は、薮のようになっています。ここなら、猫やイタチが繁殖してても、確かに人目につかないかも。。。そのお宅のご主人によると、子猫が生まれてたような感じだということで、お母さんはトラ猫で、そのうちいなくなったということでした。うちにはじめて来たころのニャンカは、お母さんに置いていかれたばかりだったのでしょうか。(野生の猫は、子猫がある程度育つと、そうやって子離れするようです)とにかく、ノミダニだらけで飢えて、人間の世話を受けていなかったことだけは確かです。

それから、ニャンカはたぶん、きょうだいのいない一人っ子だったようです。そのせいなのか、ほかの猫たちとは微妙に距離を保っています。捨て猫でもきょうだい揃って捨てられて、きょうだいと一緒に育ったハナ蔵やすずちゃんは、今も他の猫たちとのスキンシップが大好きで、寒い季節は年がら年中くっついて寝ていますが、そんな時でもニャンカは10cmくらい離れています。

↑奥がニャンカ、いっしょに寝るハナ蔵とすずちゃん(茶トラ白)とは少し離れてる。

それとともに、ニャンカは愛情表現が不器用で、わたしに甘えてくるのですが、けっこう強い力で噛みます。よく言われることですが、きょうだいのいない猫は、遊びの噛み加減がわからないまま大きくなるらしく、ニャンカはまさにそのタイプ。

でも、今、ニャンカと一緒に布団の上などにいると、当時のことを思い出します。こうやって、ニャンカと布団の上ですごすのが、あのときの私の夢だったな〜。実現した夢の中に、私いるんだわ。

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* 集合論って?

2014/10/11 | Filed under 自然科学 | Tags .

この間、編集者の人と数学の話していて、「集合」と「確率」って嫌いだったわー!という話になりました。私も、ほんとうに。とくに、集合の方がつまらなかった。

でも、最近になって知ったのですが、集合論は、結局、「無限」というアイデアと深くつながってるんですよね。無限について考えてて精神を病んだ、カントールという19世紀の後半ごろドイツで研究していた数学者が、今の集合論の基礎を作ったのだとか。

思うのですが、数学も、そういう文脈とともに教えてもらえればねー。。。だって、集合の授業の時、カントールのカの字もなかったですから。

で、今、無限とかカントールの本を、気分転換に読んだりしてるのですが、とにかく、カントールは、まず数を自然数とか実数とか、それぞれの集合に分けて、それぞれは無限だけど、「集合」というある種完結したものとして扱い、無限の度合いというか、濃度がちがうんじゃないかと考えたと。

で、整数に有理数を加えた数の集合は、1番目、2番目、とか大きさで並べて順番に数えていける無限です、と。これを「離散的な」数と考えたようですね。それぞれの数が、1つ1つの位置をきっちり占めて、それぞれの位置に置かれているという状態です。

でも、無理数を加えた実数全体の無限は、無理数なんて無限につづく少数点以下で、1つ1つの大きさ、つまり数直線上の位置が決められないから、順番に数えたりもできないわけですよね。でも、とにかくぎっしりと数直線の中に無限に連続して存在している「連続体」だから、自然数と有理数の無限よりもずっと大きいというか、濃度が濃いというか、とにかく無限の程度がちがうでしょう、と考えたそうなのです。言ってみれば、無理数をふくめた「連続体」の無限は、それ自体が1つの存在であって、その中のどれか1点、1点に着目したら、そこに数が現れるというか、そんな感じなのかも。

カントールが考えた、こういう無限を「実無限」と呼んで、ただ単に終わりがないという日常的な意味の無限を、数学では「可能無限」とよぶそうです。つまり、可能無限では、えんえんと続いてて終わりはないよという動的な状態であるのに比べて、実無限の方は、無限とわかっているけど、それでとりあえず完結している状態というか、閉じた無限というような意味を持たせたようなんですね。たしかに、無限の程度を比べたりするのには、それぞれがいちおう完結しているものとして見ないと、比べられないですものね。

で、「無限」(つまり実無限)にヘブライ文字の最初のアルファベットである、アレフという字をあてて、アレフと呼んだと。そして、その無限の濃度、程度によってアレフ0とかアレフ1とか、番号をつけたかったんだって。

そしてそして、常識で考えたら、整数+有理数の数えられるけど終わりがないタイプの無限がアレフ0なら、次は無理数も含めた実数全体の無限が来てアレフ1になりそうじゃない?カントールもそう思って、それを証明したかったんだけど、それがどうしても出来なかったと。。。カントールが証明したかったこの仮説は、「連続体仮説」とよばれるそうです。

そして、「連続体仮説」が証明できないイライラと、そういう無限とか無限の大きさなんてことを論じること自体に反感をもつ、元恩師でもあるクロネッカーという数学者にいじめられたことが重なって、鬱の発作を断続的にくり返すようになったそうです。

カントールがしようとしたことは、じつは後で、それは証明できないってことが証明されたんだとか。

無限の濃度を決めるとか、それを順番に並べるとかっていうのは、本来的には「終わりがないこと」であるはずの「無限」を、外から俯瞰して眺めて、比較しなくちゃいけないはずなんです。それは、結局できないということが論理的に証明されて、数学者もショックを受けたけど、それもカントールが世を去った後のお話。

つまり、カントールがしようとしたことは、無限を云々しようという「神の領域」への挑戦だったということになるのでしょうか。(っていうか、どうして無限の階層をそんなに決めたくなったのでしょうね。)

ほとんど数学とは思えない、哲学のようなお話ですが、文系のわたしたちは、こういう話なら大好きなのに。数学の授業で出て来た集合論の退屈さを思い出すと、きっと数学の先生は、ややこしい数式を解いたりする方がワクワクして、こんな話が根底にある集合論が、実際あんまり好きではなかったのか。それとも、わたしたち生徒がアホすぎると思っていて、語る気になれなかったのか。

でもそれを批判もできない。。わたしも実は、大学の時、高校生の女の子の家庭教師のバイトをしていて、数学もなぜか一緒にやってたんです。(以前、その話を、いわゆるリケジョ(理系の専門職についている)の友人に話したら、ブフッ!って笑われて、「えっ、その子大学どこ入ったん?!」ってつっこまれた。。。えーとそれが、エスカレーター式の女子校に行ってる子でしたので、学校でなんとか点をとっていれば、自動的に上に上がれたんですね。だから、数学を教えてたというよりも、一緒に勉強してたというのに近いんだけど、、、)

で、なんちゃって数学家庭教師体験を思い出しても、数式とか具体的な問題があれば、具体的に達成感が出やすいですが、こんな集合論みたいな哲学みたいな話は、そういうわかりやすい楽しさがないから、教えにくいとは思います。

集合論、まだよくわからないこともあるのですが、(たとえば「集積点」という意味がまだよくわからない、、、)とりあえず、今思ったことを、またまた備忘録として。

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* あのこに でんわかけなくちゃ

2014/08/13 | Filed under 生活 | Tags .

あのこに でんわ かけなくちゃ

うらやまで ひとり

おんがくのほん ひろげて

あのうた うたってた あのこに

あのこに でんわ かけなくちゃ

せんそうが おわったあと

ちいさなリュックひとつ しょって

かぞくと いのちからがら

やっと かえってきた あのこに

あのこに でんわ かけなくちゃ

ぬいものの しごとしながら

すきなひとが しずかに べんきょうできるよう

いつも おうえんしてた あのこに

あのこに でんわ かけなくちゃ

わたしが こどもだったころ

おかあさんだった あのこに

てを つないで あるきながら

あのうたを おしえてくれた あのこに

あのこに でんわ かけなくちゃ

いまは ちいさな おばあちゃんになった あのこに

ちゃんと ごはん たべた?

かいだん のぼりおり きをつけてね

らいしゅう また いくからね

もう ゆうがただから

いまは わたしが

あのこの おかあさんだから

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* 卓上カレンダー

2014/08/10 | Filed under アート, 動物 | Tags .

はじめて手がけた、卓上の立体カレンダー(2015年用)が、出来上がってきました。

紙芝居みたいに、月代わりで12種類の動物たちが登場する、かわいい〜〜!!カレンダーです!

立体の構成は、夫のデザインです。明かりとりの天窓をあけ、折ったままパッケージされたものを、すっと立てて、折り目をちょっと強化すれば、すぐに使えるようになっています。

デザインは、夫に担当してもらっては?、、、というのは、版元さんからのご提案で、当初、想定外だったのですが、今考えてみると、いつでも打ち合わせできる状態で作ったからこそ、初めてながら、手探りで、こういう形が出来たという感じもします。

こういうふうに、作ったものが出来上がってきた時が、一番しあわせです。

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* 森羅万象のなかに、それはあるの?

2014/05/03 | Filed under 自然科学 | Tags .

たとえば、ペンペン草の花の花びらは、4枚と決まっているし、いちごの葉っぱは、3枚が1組。
目は2つ、鼻と口は1つ。というふうに、決まっています。

これを数えているのは人の頭ですが、歴然と、自然の中のルールに、やっぱり「数」はあるのかな、と思いつつ、「数の法則」が、ほんとうに森羅万象の中にあるものなのか、それとも、人間の頭の中にだけ、あるものなのか、そういうことを、ときどき、ぼんやりと考えてしまいます。

この前の「フィボナッチ数列」。

これも、植物の成長点の細胞の殖え方がこの数列の法則と関係があって、だから、ヒマワリの花の真ん中部分とか、松ぼっくりは、フィボナッチ数列の法則で、形作られているという説明が
よくされます。

ただ、たとえば自分がヒマワリの細胞だったとしたら、最初からフィボナッチ数列になろう、と思って成長するのではなくて、細胞一個一個が、よいしょ、よいしょと増えていったら、結果的にフィボナッチ数列になったということだと思います。

つまり、細胞とか生き物が、成長しながら、自分のコピーを生み出して行こうとしたときに、
自然に、今作ったものと同じものをもう一個ふやして、
次は、前にあったものを両方足して、またふやして、となるので、
森羅万象の中に、フィボナッチ数があるのが不思議。というより、森羅万象が、フィボナッチ数を生み出していると言った方がいいのかも。。。
そういうふうに考えると、それが当たり前のような気もしてきます。

また、よく六角形のハチの巣について、六角形が、一番、お互いを仕切る壁の面積が少なく、最低の労力で巣部屋をふやしていける合理的な形であり、ハチが本能的にその形を選択しているのは、すごいと言われることもあります。
ただ、アシナガバチが巣を作っているのを観察すると、ハチは、最初から六角形を作っているのではないみたい
最初は、一つのまるい筒型の部屋を作り、それとほとんど同じ大きさのもう一つの部屋を、となりにくっつけます。そして、その二つの真ん中部分の壁を利用して、また同じ大きさの部屋を作ります。
その次はまたとなりに。。。というふうに、どんどんつなげていくと、上や左右から押されているうち、だんだん一つ一つの部屋の間の壁がまっすぐになり、結果的に、六角形になっていくのです。
それは、ハチの巣の一番はしっこを見ると、よくわかります。押されるとなりの部屋がないときには、
部屋は丸いですから。

←うちのベランダにできた巣。

←「ハチのおかあさん」小川宏著 新日本出版社 より



部屋の大きさは、自分の足で抱きかかえられるような感じの大きさに作っているように見えます。
大きさの個体差はほとんどないので、ほぼ同じ大きさの部屋が並び、そして、たしかに、最小の労力でいっぱい部屋をつなげようとしてることは確かですが、厳密に、六角形を作るぞ!というレシピは、ハチの中にはないと思うのです。
そこに六角形を作り出しているのは、重力や圧力などの物理法則で、そして、その形をそこにみつけているのは、人間の頭なのですよね。

物理法則で押していけば、きれいな六角形になるくらい、バランスよく同じ大きさの部屋を並べているという点は、すごいと思います。

円をバランス良く並べると、そこに六角形がうまれる。。。

フィボナッチ数列では、まずそこに1があって、それを複製するとまた1がうまれる。つぎは、最初の1と、つぎの1を合わせると、2がうまれる。そして、その次には、その2と、その前にあった1を合わせて、3がうまれる。。。

1つのクォークが、別のクォークとくっついて、3つ合わさると陽子ができる。。。陽子1つと中性子1つがくっついて、それを、1単位の電子がとりかこむと、一番基本の元素、水素がうまれる。。。

こんなふうにして、順番に数から数が、ひとつの形から、もう一つの形が、一つの素粒子から、元素が、物質が、そして命が、うまれていきます。

最初から、全部が法則として、自明の理として存在していて、この森羅万象の中の物質やいきものがそれに向かっていったのではなくて。1つ1つが、次から次へと、うみだされていった結果、私たちが見ようとしている法則が、形作られていったのかな。

宇宙ができる前、「無」だった、と言われます。物理の考え方では、ほんとうの無ではなくて、エネルギーだけがあって、何も起きていない状態だったと考えるそうです。完全な無ではないのだとしたら、つまり全体として、「1」の状態ともいえて、その何も起きていない状態から、何らかの運動が突然起きたことで、1とは別の1がうまれて、それが2になった。。。そんなふうにして、連綿とここまで続いて来たのかな。


そう考えると、それを眺めようとしている、人間の脳の方が不思議なような気もして来ます。

また、訳のわからないことを書いてしまいましたが、これも、自分のための備忘録として。

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* フィボナッチ数列の影ができるところ

2014/04/27 | Filed under 自然科学 | Tags .

ヒマワリをはじめ、ハルジオン、マーガレットなど、キク科の花のまんなかの部分を形作っている、花びらのない小さな花(筒状花とよばれています)は、うずまきのようならせんのような列を作って並んでいます。
この並び方と、「フィボナッチ数列」という数列は、リンクしています。

フィボナッチ数列は、イタリアのフィボナッチという数学者が発見したと言われています。
1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89…のように、前の2つの数の合計が、次の数になるという
シンプルな数列です。
キク科の花のまんなか部分の列が何本あるか数えると、列が40本以下の小さな花の場合、基本的に、
フィボナッチ数列に出て来る数になると言われています。
(列の数が多い、大きなヒマワリになると、途中にできたすきまに列が増えて、本数に誤差が出るようです。)
詳しく知りたい方には、こちらがおすすめ→大阪大学の近藤滋先生のHP

フィボナッチ数列というのは、かんたんそうで奥が深く、たとえば、ヒマワリだけでなく、貝のうずまきのできかたなどにも、この数列が関係あるのです。

で、ふと思いついたのは、ふつうのフィボナッチ数列は、もちろん、「自然数」の中の数列だけど、
これを複素数にまで広げたら、どんなグラフになるのかな?
フィボナッチ数列のグラフは、自然数の部分では、最初はゆるやかで、後は右肩上がりにふえる単純な曲線を描きます。でも、この性質は、複素平面でも同じなのかしら。。。

で、複素数に展開してグラフにしてみようと思ったのですが、なにしろ高1のときに、「虚数i」の登場で
授業に落ちこぼれた過去のある私、
フィボナッチ数列を複素数にする計算をやろうとしたけど、ぜんぜん、できません。
前の数2つの合計が次の数になるというだけの、単純な数列だと思ったのに。
複素数でも、ただ合計して並べればいいと思ったのに〜〜〜(T_T)

それで、やぶれかぶれでネット検索してみたら、なんと、ちゃんとそれを展開して
グラフにしてくれている方のブログがある〜〜〜!!
しかも、2次元のグラフだけじゃなくて、3Dにも展開してある〜〜〜!!

で、このグラフを見たとたん、なんだか背筋がぞくっとなりました。
というのは、まず、自然数、つまりふつうのプラスの数だけではなく、負の数もふくむ整数としてフィボナッチ数列を展開すると、数が多くなったり少なくなったり増減をはじめて、波動のように振動(グラフとして)するようになります。
そして、さらに複素平面のグラフになると、それがらせんを描いています。そしてそれを、3Dでみると、貝のようなうずまきが。。。

まるで、複素平面に、現実世界のフィボナッチ数列で起きる現象の影ができているみたい。

あああ〜〜こんな数式展開が全部理解できて、じぶんで操作できたら、楽しいだろうな。(悲)

複素数というのは、虚数iを含む数と実数との足し算でできている数で、複素平面は、それを座標にしたものということになります。横軸を実数軸にして、縦軸を虚数軸にしたのが、複素平面なのです。
むかし落ちこぼれてから、今もあまり理解できてませんが、「虚数」の世界ってほんと、なんなんでしょう。
このわけのわからない虚数や複素数を使うと、電子の動きとか、波動とか、いろんなものを計算するのに
便利なので、実用的によく使われていると。。。
それに、ここ2〜3年ハマっている宇宙論の中でも、時間を虚数で計算する、とか、よく出てきます。
物理の世界で、いろいろ理論をあやつるには、技術的に便利なものらしいのですね。

つまり、日常的に使っているさまざまな技術に、じつはすごく使われているにも関わらず、よく意味はわかりません。
でも、つねに虚数と複素数が気になってしまうのは、それが何かを現しているような気持ちを、完全に払いのけることができないからだと思います。
高校のとき、落ちこぼれた原因も、それを考えて立ち止まってしまったからだというのに。
(数学の能力の高い人はよく、複素数なんて、深く考えないで、道具だと思えばいい、とかおっしゃるのですが)

虚数の世界とか、複素平面って、やっぱり、目に見える現実の、その影みたいなものなのかしら?

個人的には、しかもただ何となくそう思うっていうだけなのですが、複素平面には3次元成分がありますよね。なんていうか、数をすべて複素数として扱うと、虚部は面的なため、すでに2Dの成分を持っていて、それに実部が加わるので合計で3Dになるというか。ただ、虚部が面というのも、私が勝手に思ってるだけで、iは平方根であって平方数ではないわけなんですけれど、、、でもとにかく、複素平面を球に変換するとこうなる、っていうリーマン球とかあるし。やっぱり複素平面って、現実を映した鏡の向こうに見えている3D世界のような、、、というか、鏡は実際には2Dだけど、複素平面はほんとに3Dだったりして。。。

あー何言ってるのか、自分でもわからなくなってきた。(数学を専門にされている方が読んだら、プッと吹き出しちゃいそうな勘違いかも)

ちょっと飛躍というか、意味をもたせすぎかもしれません。
つまり、数学の世界に主観を持ち込んでしまいましたが、
こんなふうにつらつら考えたことも、しばらくたつと忘れてしまうので、
備忘録として、そのまま書いてしまいました。

訳のわからない文章で、ここまで読んでくださった方、申し訳ありません。

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