* エミリ・ディキンスンのすみれ
2010/02/06 | Filed under 本, 花 | Tags エミリ・ディキンスン, スミレ.MOE2010年3月号のBook in Bookの話題のつづきです・・・
P68と69のすみれの絵のページは,綴じてあるのを取り外せば,一枚の絵になります。まんなかに,ちょっとホッチキスの穴はのこりますが,詩の入っている絵を,ピンとかで壁にはったりして,眺めていただけるかも,と思いながら作りました。
P69の詩に出て来る,「紫色の仕事」。ディキンスンにとって「紫色の仕事」は,「詩作」そのものだったのだと思います。
そして,わたしは,人の数だけ,その人にとっての「紫色の仕事」があると思っています。
たくさんのすみれが,それぞれの紫色の花を咲かせている野原の絵を描いたのは,そうやって,めいめいの人が,ディキンスンのことばで言う「紫色の仕事」をして生きている姿を,そこにかさねて描いてみたかったから。
それにしても,今回ご紹介した6篇の詩のなかで,一番訳でなやんだのは,この詩 (F564)でした。
この詩をはじめて読んだとき,「すみれ」だと思いました。でも,ちょっと難解な詩です。
「背をのばしたあとで,姿をかくす」 「夜は,つぐなってくれない」って,いったい何のことでしょうか。
直感としてイメージしたのは,一年を通してのすみれの様子でした。園芸好き,植物好きの方なら,よくご存知だと思いますが,すみれは,春に花を咲かせたあと,夏頃,葉を大きく伸ばして,花の時期よりもうんと背が高く,大きな株になります。そして,やがて葉が落ちて,根だけで休眠状態になって冬を越します。「夜がつぐなってくれない」というのは,もう何度夜がきても,つぼみはできないということなのじゃないかなと思いました。
「紫色の仕事」は すみれが花を咲かせるということ。。。
そのあと,草の下にある部屋にひきこもる,というのは,根だけで冬越しする「休眠」で,それを「わたしたち」と重ねているのは,「わたしたち」が死んだ後,お墓に入るということになぞらえているのだと思います。
春になれば,まためざめるはずのすみれの休眠状態と,わたしたちの「死」を重ねるのは,キリスト教的な感覚かもしれません。キリスト教では,人の死は「休眠状態」と同じで,みんな最後の審判の日にはよみがえって,天国に行けるかどうかはその日に決まるのです。お墓の中で眠るのは,それまでの間だという考え方が,あるからなのでは。
季節ごとのすみれの生態や,「多年草」であることを,冷静な観察者の目も持っていたディキンスンは,熟知していたのではないかと,わたしには思えるのです。
「わきまえて」これは,とても悩んだことばでした。原詩では「Worthily」,じつは,前の連の,夜が「つぐなう」の語は,recompenseという語が使われていて,worthilyと意識してセットにされていると思います。recompenseには「つぐなう,あがなう」という意味の他「報酬により報いる」という実際的な意味もあり,またworthilyも「相応の報酬を得られる」「ふさわしく」という意味があり,その他「殊勝に」「健気に」「分をわきまえる」という意味もあります。つまり,自分の行動に対し等価値の報いを期待するという意味と,神様に与えられた,自分の分を全うするという意味との両面の意味が含まれるのです。
ディキンスンの草稿では,その他ここの異稿としてprivatelyという語もあったようです。
そこで,Worthilyの訳語には,ほかにも,いろんな語を考えてもいたのです。「日本語としての自然さを優先するなら,「ひっそりと」とか「つつましく」の方が,きれいかもしれないな,とも思ってみたり。けれども やはり,すみれとしての「意思」の存在がすこし見え隠れする語として,「わきまえて」を選んだのでした。でも,もしかして,別の機会があったら,このあたりの箇所は,またちがう訳をしたくなる可能性が一番大きい箇所です。
そして,最後の連で,ディキンスンは,自分がすみれのように生きられるかどうか 自分に問いかけています。ここも,異稿があって,「すみれのように生きられる?いや,無理」とほとんどネガティブに聞こえる方が,いちおう正規のテキストで,でも候補の方では,「生きられるんじゃないかしら」とポジティブな雰囲気になっています。
最後の2行,「うちで育てたひょろひょろミントでも,みつばちの飲みものを 作れるとしたらー」は,原詩では,As make of Our imperfect Mints, / The Julep - of the Bee - です。
不完全な,育ち方のあまりよくない,うちの庭のミントでも,みつばちが蜜をもとめて訪れてくれるわけだから,完璧な自分ではなくても,何かをすることはできる。だから,自然のリズムに従って,季節がめぐってくれば「紫色の仕事」をし,また季節がうつりかわったときには粛々と,草の下にひきこもるすみれのように,死という自然をうけいれる,そんなふうにありたい。
と,ディキンスンは言っているのではないかと 感じるのです。
わたしは,この詩をこんなふうに感じ取りましたが,ちがうふうに読めると感じる読者もいらっしゃるかもしれません。そういうふうに,人によって感じ方がちがう場合があって,ときには答えが一つではないのも,ディキンスンの詩の世界の 広さだと思います。
*****
ディキンスンに興味をもたれたら・・・今のところ,日本語訳の全詩集は,出ていません。(いつか,そういうのが出たら,もっとディキンスンが身近になると思うのですが。)
でも,いくつかのおすすめの本があります。古書としてしか手に入らないものもありますが,どれも,おすすめです。
ディキンスン詩集(海外詩文庫)新倉俊一 訳 思潮社 刊
エミリ・ディキンスン詩集「自然と愛と孤独と」(続,続々あり )中島完 訳 国文社刊
わたしは誰でもないーエミリ・ディキンスン詩集 川名澄 訳 風媒社刊
エミリ・ディキンスンのお料理手帖 武田雅子 鵜野ひろ子 山口書店刊
原詩の全詩集は,おもに2種類あります。
Complete Poems of Emily Dickinson/ Thomas E. Jhonson
The Poems of Emily Dickinson / Edited by R.W. Franklin
Thomas E.Johonsonは,1950年代に,はじめてディキンスンの手書きの草稿を体系的に整理,編集して,全詩集をまとめあげた人。
Franklinは,Johnsonのお弟子さんで,Johnsonの後を次いで,Johnson版をさらに整理し直し,必要な修正を加えたものを作ったそうです。今,研究者の先生方は,Franklinの詩集を基本的に使用されるようです。JohnsonとFranklinのバージョンでは,詩の順番も違っていたり,所々では,詩文そのものが少し違っていたりします。膨大な量のディキンスンの草稿は,当然手書きのため,読み方に異論が出る箇所もあり,またディキンスン自身による異稿も多く,それらを一つの形にまとめるのには,それぞれの編集者の研究による判断が働いている箇所がある,ということです。
でも,JohnsonとFranklinに共通しているのは,出来る限り,ディキンスン自身の原稿に忠実であろうとしていること。ディキンスンの死後すぐに,メーベル・トッドなどの縁者たちによって出版された初期の詩集は,当時の価値観や,常識とされた表現に合わせて,手が加えられてしまっているのです。実は,このことが,詩の価値を半減させ,ディキンスンが認められるのが半世紀近く遅れたとも言われているようです。本格的にディキンスンが読まれ,研究されるようになったのは,Johnsonによって編まれた全詩集が出てからだということです。
Franklin版が出る前は,ディキンスンの詩の番号はすべて,Johnsonによるものと決まっていたのですが,最近ではは,F564 J557 というふうに FかJがつけられています。モーツァルトの楽曲を整理編集したケッヘルの業績から,モーツァルトの曲にはKではじまるケッヘル番号がついているのに,似ていると思います。
実は,今,神戸女学院大学で,ディキンスン研究の専門家である鵜野ひろ子先生が教鞭をとっておられるので,数年前,先生のディキンスンの講義に1年間個人的に通わせていただきました。その時に教えていただくまで,今は基本テキストがFranklin版に移行していたことを知りませんでした。
わたしは,今は基本的にFranklinの方で訳(個人的に趣味で,すこしずつ訳してきました。ほんとに,すこしずつですが)をしますが,もともとJohnson版のComplete Poemsから入った親しみで,今もJohnson版の詩集もよく開きます。とくに,3巻セットで箱入りになっているJohnson版は,本自体が美しく 置いているだけでもなんだか満ち足りた気持ちになります。(まだAmazonなどもなかった1992年ごろ,丸善で取り寄せてもらって,2ヶ月かかって届きました)
余談:左にあるのは,子供の頃,何度も読んだ なつかしい「嵐が丘」の本。この間,実家でみつけて,思わず持って帰ってきました。
* エミリ・ディキンスンの庭から
2010/02/03 | Filed under kindle, 本, 花 | Tags エミリ・ディキンスン.Book in Book (綴じ込み冊子)を作らせていただいた,MOEの3月号が,今日発売になりました。
今月のMOE,巻頭の特集は,「わたしのワンピース」という絵本でおなじみの,西巻茅子さんの特集です。西巻さんは,刺繍による絵本も手がけていて,やっぱりご自身も,洋裁への愛着がとても深いそうです。
そのほか,絵本のほか手芸本も出しておられるイラストレーターのスドウピウさんや,わたしと同じく京都在住で,布の型染めでいろんな作品を作っている関美穂子さん,それから今回のBook in Bookのデザインをしてくださった大谷有紀さんの2eというユニットによる,びっくりするほど可愛いレースや刺繍の雑貨など,刺繍や手芸,布の手作りが好きな方にも,ツボにはまるような情報が満載で,本当におすすめです。
そして,今回 じぶんの手がけたBook in Bookについて…
森,野原,薔薇… ディキンスンの詩に こんなふうに絵を合わせてみたいな-と,思っていました。たぶん,もう20年は思い続けていたこと。それをずっと以前にMOEの編集のMさんにお話したことがあったのですが,今回こんな機会をいただけることになったのです。
草花そのものを素直にうたった美しい詩。草花というモチーフを通じ,心のなかのことを,表現した詩。今回えらんだディキンスンの詩は,長年いつも読み返してきた作品です。
見開きのすみれの野原のページにある,ふたつの詩は,生き方について語っています。
それから,薔薇の精油の詩は,ディキンスンにとっての「詩作」をテーマにしていると思います。
ディキンスンの詩は,一読しただけでは意味がわからないものもたくさんあります。原詩ならなおのこと,ですが,それは日本人のわたしたちが英語で詩を読むからだけではなく,アメリカ人の人が読んでも,時には「サッパリわからない」そうです。
そういう時は言葉どおりに素直に読んでみると,心で感じ取ることができるのよ。。。というのは,恩師の(ディキンスン研究の第一人者)鵜野ひろ子先生の言葉でした。
今回の絵,去年の11月と12月の2ヶ月ほどの間,描いていました。表紙と背表紙になっている野原の絵は,じつは,p64と65の ねむっている花たちが「めざめた」野原のイメージです。
何度も描き直したりしながら,でも,描き終わるときには寂しくて,もっと,ずっと描いていたいと思ってしまいました。
* 春の七草
2010/01/26 | Filed under アート | Tags 春の七草.せり なずな おぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ。
もう七草がゆの日はとっくに過ぎましたが。。
道ばたや庭では、そろそろ はこべがぐんぐん のびていますね。
みずみずしい日本の野の草たち。
先日の韓国料理教室のときに伺ったのですが、たとえば同じ白菜でも、韓国は気候が乾燥しているので、もっと固く身がしまって、また味も濃いのだそうです。
それにくらべると日本の気候は、湿気が多く、野菜もやわらかくて水気が多いそうです。そして、何でも朽ちたり腐ったりするのが、日本の方がずっと早いそうです。
それを聞いて,なんとなくおもったこと。
日本には、スッキリとして、枯れていて 透明なかんじを好むテイストが いつもみんなの気持ちの根底にあって、どこか つねにそこに戻っていく部分があるように思うのですが、そういう感覚は、生まれ育ったこの土地の「水分の多さ」に由来しているのかもしれません。
風土というものに、心はずいぶん影響を受けるんだなと。そんな気がしました。
* スカボローフェア - 妖精のいたころの音楽
2010/01/18 | Filed under kindle, 音楽 | Tags Steeleye Span, The Blacksmith, サイモンとガーファンクル,, スカボローフェア,.個人的にもgoogleやwikipedia , LINNETではPaypalと、アメリカで開発されたインターネットのサービスなしでは 毎日が暮らせないという生活になったことに気づかされます。。。
アメリカから発信される文化/文明が、世界の大部分をおおうその前には、世界の大部分が大英帝国の領土だという時代がありました。なので、1世紀強のあいだ、英語は世界のメジャー言語です。いま、英語圏から発信されるサービスの多くは,世界のあちこちで同じように手に入るというのがウリとなっています。外国でスターバックスやマクドナルドの看板をみつけたときには、ホッとしてしまったりして。
でも、ときどき、感じてみたくなるのです。「英語圏文化」が、まだ「辺境」の場所の「フォークロア」だった時代、「ブリテン島」が、深い森におおわれていて、森にはいろんな妖精が住んでると みんながおもってた。そんな時代が,その前にはあったんだなあ、、、ということを。
で,イギリスやアイルランドの民謡を聞いたりします。
たとえば、サイモンとガーファンクルでも有名な「スカボローフェア」はイギリスの民謡だそうです。特徴的なフレーズの「パセリ,セージ,ローズマリー,タイム」は妖精に悪さをされないようにするための呪文だとも言われています。日本でいえば、ほとんど「南無阿弥陀仏」に近いのかな。旋律も,妖精の住む深い森に似合いそうだし。。。
Steeleye Spanというバンドの The Blacksmithという曲,学生時代にくりかえし聞いたなつかしい曲ですが、これもスコットランドの民謡だそうです。Blacksmithは「鍛冶屋」。鍛冶屋の男の人と恋に落ちたけれど、裏切られた。という失恋の歌。Steeleye Spanのほか、いろんな人が歌っています。
* ポーリー,おはなのたねをまく
2010/01/18 | Filed under kindle, 本 | Tags La mission de Séraphine, ポーリー おはなのたねをまく.3月中旬に、翻訳をてがけた本が出版になります。「ポーリー おはなのたねをまく」PHP研究所 文 シルヴィー・オーザリー=ルートン 絵 ミリアム・デルー 訳 前田まゆみ です。ねずみの子 ポーリーが、おじいちゃんにたのまれたお花を育てるのですが・・・?入園のお祝いなどにも良さそうなかわいい本なので、ぜひ、読んでいただけたらうれしいです。
原書は ’La mission de Séraphine ’,ベルギーの絵本です。
(↓うちのPCで見る限り,音声大きめです。音を小さくしてから、ご覧ください。とくにオフィスでご覧の場合)
原書はフランス語ですが、仏語だけから直接訳したわけではありません。。。英訳もあったのでございます。
翻訳のしごとは 楽しいだけでなく,他の作家さんの絵本の世界にそのまま入り込むので、かなり勉強にもなります。2月3日発売の白泉社 MOEの綴じ込みブック・イン・ブックでは、エミリ・ディキンスンの詩をいくつか訳出しました。絵本や詩は、ことばが少ないものですが、少ないだけに、逆に難しいことがあるというのも痛感しました。でも、とてもやりがいを感じます。
* 金裕美先生の韓国料理レッスン
2010/01/12 | Filed under おいしいもの | Tags 韓国料理, 鮮満植物字彙.昨日,「おしゃれ工房」などに出演されている、金裕美先生の韓国料理1日レッスンに伺いました。
メニュはキムチ,キムチ鍋,魚介たっぷりのねぎ焼き(チヂミ)、それから干し柿のデザートです。
じつは、わたしは激辛が苦手。でも、金先生のキムチはあっさり味で辛くないと聞き,参加させていただいたのです。
金先生はソウル近辺のご出身とのことで、韓国では北へ行くほどうす味になるそうです。そして評判のキムチは、大根の千切りをくわえ、鯛醤やアミの塩辛のみでうまみを加えた,あっさり透明なお味で ほんとうにおいしかった。そのキムチで作るキムチ鍋のスープもまた、やわらかなうまみたっぷりの絶品でした。
お料理にはとにかくふんだんに野菜が使われ,また唐辛子も韓国産の「甘口」のものが使われていました。日本の鷹の爪のような、あのピリピリする辛みがなく、噛むとほんのりと甘みがあり、しばらくするとかすかに辛みが染みだしてくるような、奥行きのある味が印象的でした。韓国料理というと,つい焼き肉というイメージがありますが、じつは山菜料理や野菜料理など,植物性の食材を活かした料理法が、とてもゆたかだということです。
ちなみに,わたしたちはつい「チゲ鍋」と言ってしまいますが、ほんとうは「チゲ」は鍋料理とは少しちがうそうです。チゲは汁物の大皿料理をさしていて、たとえば、おでんを,大皿に入れてテーブルにサーブしたような感じのものが、正しいチゲだそう。日本で言ういわゆる「鍋料理」は「チョンゴル」とよぶのが正しいそうです。フムフム。
そして、余談ですが、先生にある本のコピーをおみやげにお持ちしました。
「野の花えほん」のために文献サーチをしていて、どうしても韓国語の植物名を知りたくて、でもハングル語が読めず困っていると、ご近所友達で京大の人文科学研究所におつとめのYさんが(Y先生とよぶべきかも)、人文研の蔵書から借りて来てくださった「鮮満植物字彙」という本です。昭和7年に刊行されていて、牧野富太郎さんも参照されていたらしい古い本ですが、日本語,ハングル語,中国語で植物名が記され,ローマ字で発音ものっているので、字が読めなくても読み方がわかるという素晴らしいもの。このように3つの言語で照らし合わすことのできる本は、現在でも皆無なので、ほんとうに信じられないくらい貴重な文献なのです。
700ページくらいもある本ですが、又貸しになってはいけないので、わざわざYさんにうちにお越しいただいて、一緒にコピーにおつきあいをいただいてしまいました。ずいぶん時間もかかって、そしてついおしゃべりの方に気がそれて、途中失敗してやり直したりして。
そんなこんなの大事な文献ですが、これを手にできた喜びを 金先生なら 共有してくださるにちがいない。と思い出し,もう一部さらにコピーをとりました。というのも、金先生もお料理や食材について韓国や日本の歴史と合わせて研究を重ねておられて、以前お会いした時に,韓国の山菜にする植物名と日本語名をなかなか照らし合わすことができなくて、とおっしゃっていたからです。その悩み,わかる!わたしはその逆方向の悩みなんですけれども、植物の写真だけでは、案外特定できなかったりするのですよね。(アンド わたしにはハングルが読めない)
それで昨日お料理教室の機会に、その本のコピーをお持ちしたら、すごーくよろこんでくださって、思わず二人で喜びのハグしてしまいました。(こんなこと だれかとしたかった)ピョンピョン飛んでもよいほど、それくらい この本はうれしい本なのです。
本のもつ力や意味って、ほんとうに大きいものです。Yさん、ありがとうございました!!
* 2010年 あけましておめでとうございます
2010/01/04 | Filed under cat | Tags .うう~昨年も、ふたをあけてみれば後半にブログの更新がぜんぜんできませんでした。。。
自分で自分を分析してみると,キーボードで入力する文字の世界に入ると,なんとなくかしこまってしまうというのでしょうか。LINNETのお客様に毎月更新で発送時に同封させていただいているニュースレターは、未だに手書きで作っておりまして(じつは手書きしたものをスキャナでとりこんで、PCでレイアウトしたりしているのですが)、なんだかそちらの方は,リラックスして書けるので、いっそのこと手書きの画像をスキャンして載せようかなと思ってみたりしつつ、せっかくなので、もうすこしこのスタイルでがんばってみようと、気分を新たにしました。
こんなわたくしですが、みなさま どうか、今年もよろしくお願いいたします。。。
↓今年は虎年ということで、トラ猫の写真を。。。(じつは虎年でなくても載せたかったのでした。猫にご興味のない皆様,おゆるしを)
以前にLINNETのニュースレター「よもやまばなし」に書いた,のら猫親子の、子供たちです。(もう1歳弱ですが)手前がチッチ,2.6kgくらいのチビ猫です。うしろに控えているのが兄貴(弟かも?)トラ次郎。チッチより二回りも大きく,いつも妹(姉?)のごはんを奪う以外は、フレンドリーで性格のいい奴です。(photo by 夫)
* お医者さんのエプロン
2009/06/17 | Filed under リネン | Tags .先週できあがったばかりの,オリジナルプリントのエプロン。姫路の,くろさか小児科アレルギー科様からの特別オーダーでLINNETがお作りしました。
プリントからオリジナルで柄を起こして、エプロンの型も,今まで使われていたものを元に少し修正を加えて、あらたにパターンを起こして作ったものです。
柄を考える際にいただいたリクエストは、大きめの花柄で,所どころに,動物や小鳥などがこっそりいるようなのにして下さい、ということでした。病院にやってきた子供たちが,それを見つけて「あ!」と指差したりするのだそうです。そんな細やかな配慮に,とても感動しました。
こんな華やかなエプロンは,今回わたしたちが作らせて頂いたものでもう3代目とか。院長先生が渡英された時に、現地の病院で,明るい大きな花柄のカーテンがかかっていたことが印象的で、ご自分の病院でもぜひ、そんな雰囲気作りをしたいと思われたとのことです。
自分がお仕事させていただいたから,という訳ではなく,こんな素敵な病院があるということに,素直にびっくりしました。それと共に、こういう場に,絵を起用していただいたということが,とても嬉しく、やりがいを感じました。
* 高村智恵子の生まれた家
2009/05/25 | Filed under アート | Tags ねじばな, 高村智恵子.「野の花えほん」の「ねじばな」のページの取材で、昨年秋、福島にいきました。「ねじばな」の別名「もじずり」の語源になっている、福島県の「もじずり染め」というのが実際にどういうものなのか、わからなかったのですが、福島県にある「文知摺観音」というお寺を訪ねれば、復元した染め物や、もじずり染めに使った石などを見せて頂けるとわかり、訪ねることにしたのでした。それで描いたのが、もじずり染めの絵です。
そして、宿泊した旅館から車で30分程の所に「高村智恵子の生家/美術館」があるのを知り、取材をした次の日の朝、寄る事が出来ました。昔から高村智恵子の紙絵に惹かれていて、智恵子抄の他、「智恵子飛ぶ」(津村節子著)などの伝記も読んでいたので、かなり嬉しかったです。
裕福な造り酒屋だったという生家は、一時人手に渡ったそうですが(この実家の破産、没落が、智恵子の精神病の発症の引き金になった面があるようです)よく保存されていて、裏にはこじんまりした美術館があり、智恵子の紙絵の実物と、油絵が展示されていました。夫の高村光太郎によると、智恵子は油絵を描こうとして、努力を続けていたけれども、上手く描けないことに悩んでいたそうです。
わたしは智恵子の紙絵や、若い頃に描いた「青踏」という雑誌の表紙画を見ても、高村智恵子は グラフィックデザイナー的なセンスが秀でた人で、「平面」の表現の人だと思います。今で言うと、ブルーノ・ムナーリとか、そういったジャンルの仕事にとても向いていた人だと思うのです。
智恵子はどうして、油絵にこだわっていたのでしょう。油絵というのは、絵という平面に見えますが、わたしが思うに、実は「立体」に近い気がするのです。油絵の具は、水彩に比べると、粘土にも近く、この立体物をキャンバスにくっつけていく事で微妙な陰影や色や形が生まれます。ただ、ルネサンスとかファンアイクなどの時代には、油絵はもっと平面的なものだったかもしれません。でも、おそらくは印象派以後、油絵はどんどん立体的なものに発展したと思います。そして、パリ画壇の影響を受けた当時の日本の画壇の方向性もそういったものだったと思います。智恵子の残した油絵を見ると、モネやゴッホの絵のごとく、絵の具を立体的に盛り上げてありました。そして、光太郎が描き残すように、それはやっぱり「習作」の状態と見え、後に智恵子が作った斬新な紙絵の完成度とは違う次元でした。
ここでもうひとつ思い出すのは、油絵の顕著な特徴。絵の具が乾くのに時間がかかり、つまり作業に時間がかかることです。頭の中にあるイメージがあるとして、それを手でつむぎ出すのに、泥をこねて何日も格闘するような、そういう作業を経なければいけません。グラフィックデザインのように瞬時に、作りたいイメージに必要な色、形を取捨選択し、平面を構成してピタッと決める、そういう、ある程度「一発勝負的な」作業とはかなり違っています。智恵子は紙絵を作る時、色紙や包み紙をしばらく眺めた後、ほとんど迷うことなくハサミを入れて、かなりの速度で作っていたそうです。デザインという作業の中に先天的にある潔さ、それが智恵子には備わっていたように思えるのですが、その潔さは、油絵の具の可能性を追求しながらドロドロになって格闘していく油彩とは、相容れないものだったのかもしれません。もしかすると、現代の、すぐに乾くアクリル絵の具を彼女が手にしていたら、絵画的な表現をするにしても、何かが違っていた可能性もあると思います。
智恵子はグラフィックデザイナー的才能の人であり、油絵は向いてなかった。そんな単純な事実が そこにあったのではないかと思います。けれども、彼女がその縛りから抜けられなかった理由は何だったのか。彼女自身がこだわる性格だった、高村光太郎が「立体」の人だったという影響、当時の画壇の雰囲気。。。いろんな理由があるのかもしれません。
狂気の中で、始めて彼女がその縛りから解放され、最晩年の短期間の間に、おびただしい数のあの美しい紙絵作品群を作り出したことを思うと、切ないです。
* 恩師のことば
2009/05/23 | Filed under アート | Tags .数日前、恩師の先生と久しぶりにお電話でお話しました。大学に通っていた頃、先生が主宰されていた洋画のアトリエで、美大を受験する高校生の子たちに混じって、デッサンを習っていたのです。
実際に習ったのは2年間、今考えると短い期間ですが、頻繁に通いました。2年目は、自分ももう一回美大に行き直そうと思って、(結局やめて金融機関に就職したのですが)ずいぶん夢中になっていたと思います。先生のアトリエはずいぶん自由な雰囲気で、先生も自分の油絵を描きながら、みんなてんでに描いて、好きなおしゃべりをして。みたいな感じでした。
先生は、最近刊行された「野の花えほん」を見てくださったのですが、おっしゃるには「上手くなったらあかんで。上手い人はようさん(←関西弁で沢山の意味)いてるからな」。
実は、このコメントは、学生の頃から繰り返し、先生に言われていて、もう無意識にインプットされています。一番最初にこの言葉を聞いたのは、「絵が下手なので上手くなりたいんです」と、習い始めの時に相談した時だったと思います。
その時は、何もわからなかったけれど、確かに、技術的に上手な描き手の方は本当に沢山存在しているので、その部分では全くわたしは太刀打ち出来ないはずでした。でも、その言葉を最初にガツンと言われていなかったら、今こんなに絵を楽しく描けるようにはなっていなかったと思うのです。
そういえば先生は、一昨年のカレンダーを見て「うっわー 下手やなあ!!」とも。正直、最近ではそんな事言われるのに慣れてないので「えっ(汗)」。
先生はつねにそんな調子で、お話すると、いつも空がさーっと晴れ渡るような小気味良さがあります。20〜21歳の本当に短い間、先生との出会いがなければ、今のような絵本や絵の仕事が出来ていなかった可能性は大。若い時にどういう大人と出会うかは、その後の人生にずいぶん影響してくるのだと 今さらながら実感します。
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