* しずかな一日
2009/05/15 | Filed under 未分類 | Tags .
ここの所,仕事がオーバーワーク気味だったのですが,大きな仕事がひと山越えたので,きのうは思いきって1日お休みさせてもらいました。1年にたぶん数日しかないほどの,とても爽やかなお天気。そよそよと風に揺れる藤の葉を眺め、さわさわという葉ずれの音をひたすら ぼーっと聞いて午後じゅう過ごしてしまいました。
音楽も何もなしの,ひたすら静かな沈黙の中にいると すこしずつ頭も体もほぐれてくるようです。
日が暮れかけたころ,すこし元気を取り戻して来たので,音楽をかけてみました。
チェロかバイオリンのソロの演奏が好きで,よく聞きます。このようなソロ曲に共通して言えるのは、音が演奏されているのでありながら,たいへん「静寂」を感じさせてくれること。
それは,楽器の音がいっぽうにあって,それが響き渡るための「静寂」があるからだと思います。白い紙に描かれた墨絵のようなもので,墨がにじむための紙の白が存在しているというのに似ているのです。
奏でられている音楽を聞きながら、一方でその音楽を受けとめている「静寂」をあじわっているような気がします。
今日聴いていたのは,最近お気に入りのチェロのCD. 夫がitunesで購入しました。Jean-Guihen Queyrasというチェリストの演奏です。わが家では「羽賀研二みたいな人のチェロ」で話が通じてます。。(この方の別の写真を見ると、とくに羽賀研二似という訳ではないですが,この写真はよく似ているような)
* 世界はアレゴリーに満ちているから
2009/04/10 | Filed under 未分類 | Tags .冬の間は、どうなることかといつも思うのですが、春のこの時期になると、何もしなくても庭の植物が自然に芽吹き、1年でいちばん美しい季節をむかえます。小さな中庭のすみっこの、まったくの日陰に植えているアケビも、たくさん花をつけてくれました。
毎年庭の小さな自然を眺めていると、人の世界に起こることと、よく似ているので不思議な気持ちになります。たとえば、はびこりすぎた古い枝をばっさり切って整理すると、下の方から若くて元気の良い芽がのびてくるとか。同じ植物ばかりが増えすぎた群落は、キャパを超えると、いっきに群落ごと枯れるとか。
こんなふうに何かを何かに喩えるのを「アレゴリー alegory=寓話,比喩」と呼ぶようです。以前養老孟司さんの本で読んだのですが、人間は大脳が発達したので、外界を直接認識するだけでなく、余った大脳で「アレゴリー」を生み出すようになったのだとか。原始的には、丸い石を見て、りんごを連想するようなことから、だんだんに脳の働きが複雑になり、複雑なアレゴリーを生み出すようになったそうです。つまり、植物を見て「人の生き方に似ているなあ」と思ったりするのは、人間の大脳の働きだということです。
つまりアレゴリーはヒトの頭の中にだけ作られているもの。でも、どうして世界にはこんなにもアレゴリーが満ちているのでしょう。そのようなことを、たまに考えます。宇宙には、何かひとつの大きな法則のようなものがあって、ヒトの大脳の中で、法則でつながるそれぞれの現象が、アレゴリーとして 串刺しのお団子のように並んでいる。。。そういうイメージが浮かんできました。これもアレゴリーなんでしょうね。
* 小島一郎写真集成
2009/04/07 | Filed under アート | Tags 小島一郎.10年くらい前、40歳代、50歳代の人の話を聞くと、若いころに比べて興奮したり感動したりすることが少ない。と 多くの方が仰いました。その時には、どういうことなのかよくわからなかったけれども、最近では、すこしわかる。それは、わたしにとっては いたずらに気持ちがブレない、落ち着いた心の状態とも言えるようにもおもえます。
そんな日々ですが 「興奮」「感動」をおぼえました。この写真集に出会って。
小島一郎という、青森や北海道の人や風景を撮った写真家の写真集です。39歳という若さで、1960年代に亡くなったそうですが、生前すでに有名だったらしい。亡くなった後はしばらく忘れられかけていたようですが、このたび青森で写真展が開催されたそうです。
きびしい津軽の風景や、そこに生きる人のすがたは、被写体としてとても生々しいのですが、驚く程、それが造形として昇華されています。とくに最後の方の雪の風景。コントラストの強い焼き方もあって もうほとんど抽象画に近いほど。もし、身近な人が、こんな写真を撮ってたら、「こんなに研ぎすまされてしまったら、この人もう死んでしまうのじゃないだろうか」と心配になると思います。それくらい透明感があり、息をのんでしまいました。
こんな写真、実物を見てみたいものだと、おもいます。本によると、ピューリッツァー賞をとった報道写真家(戦場カメラマン)の沢田教一は、青森で小島一郎が経営していた写真店に勤めていたことがあり、影響を受けたと書いてあったので、小島一郎のスタンスも「ドキュメンタリー」だったのかもしれません。けれども、単なるドキュメンタリーではなく造形美をとことん追求しているのが伝わって来ます。蛇足ながら、生前の写真を拝見すると、小島一郎さん、かなり男前でもあります。
かっこよすぎる写真集でした。
* 野の花えほん
2009/04/06 | Filed under 本, 花 | Tags 野の花えほん.4月末に あすなろ書房から「野の花えほん」が刊行になります。ほんとうに久しぶりの絵本です。
今、表に出ると 「野の花えほん」に描いた春の花が、今年も次々花開いているのに出会います。ちょうど去年の今頃も、毎日外を出歩いては 花を採ってきて、スケッチを描いていました。
写真の 「むらさきけまん」もこの絵本に紹介した花のひとつ。以前住んでいた家の近所の空き地に咲いていたのを採ってきて、庭に植えているのです。
絵本のこと 絵のこと、思うことがたくさんありすぎて、短くまとめきれません。少しずつ、書いてみたいと思います。
* せっけん
2009/03/24 | Filed under 生活 | Tags .もう7〜8年つづいてるでしょうか、1年に1回、母校の大学に授業しに行っています。昨年末行った際、担当教授の先生に、自分が絵を描いた2009年用Panasonicのカレンダーを差し上げたら、「わあ、夢がある」と言っていただき、「はっ」としました。「夢がある」っていう表現、そういえば最近使ってなかったな と思って。
そんなことを思い出したのは、先週、恵文社生活館で、この写真の石鹸を買ってきて、洗面所のガラス瓶にしまっていた時です。LINNETの新しいシャンブレイ「トパーズ」の写真に使ったこの石鹸、手作りの天然石鹸だそうで、やさしくノーブルな自然の精油の香りです。パッケージも上品で素敵。
恵文社生活館では、前も3匹の子豚の形をしエレガントな箱に入った、とてつもなく良い香りの石鹸をみつけたのですが、そもそも石鹸って、どうしてこんなふうに「夢がある」のでしょうか。石鹸そのものが持つ、なんだかおいしそうな質感にも加えて、お洒落なパッケージ、素敵な香り、実用品である石鹸は、いつから こんなふうに「夢」をまとうことになったのか。。。考えてみると不思議だなあと。
そんなことを とりとめなく考えながら、何度も、石鹸をクンクンしてしまいました。
* いつものわたし、ナチュラルな服 (続)
2009/03/20 | Filed under アート, リネン, 動物, 本 | Tags .明日からLINNETで、「いつものわたし、ナチュラルな服」に収録の作品をセレクトして展示します。編集さんの手元から戻ってきた作品を箱から取り出していると、撮影のときのことを思い出します。
お洋服の本を作る時に、いつも悩むのがスタイリングのこと。わたしの場合、プロのスタイリストさんとは違って、特定のテーマを設定して、スタイリングを創造するような能力がありません。ですから、スタイリングと言っても、いつも結局、自分の持っているものを作品に合わせることしか出来ません。ただ、出来上がってみると、それはそれで、まぎれもない そのまんまの素の自分の世界が本になっている気がします。
今回も、学生の頃好きだった古いレコードのジャケットや、好きな洋書など、身の周りにいつもあるものを洋服に合わせました。P18,19,22に写っている植物標本は、夫の叔母が若かりし頃、留学先のアメリカの大学の授業で作ったという押し花の標本を、特にわたしに、と叔母が言ってくれて譲り受けたものです。律儀な叔母の手がき文字で、植物の名前などの情報が書き込まれたそれは数百枚もあるのですが、叔母亡き今、大切な形見でもあります。この標本自体が本当に素敵なので、額に入れようと思って出してみた所、ふと思い立って、その中の一部を服に合わせてみました。明日からの展示では、その標本もLINNETに置いて、お客様に見て頂きたいとおもっています。
撮影は去年の9月の始め頃。その頃から、うちの台所のお勝手口に、子猫が遊びに来るようになったのです。頭からおしりまでの長さが20cmくらいしかなかった子猫は、姪の持っている猫のぬいぐるみにそっくりで、姪たちがつけた、そのぬいぐるみの名前をもらって「ニャンカ」とよぶようになりました。夏の終わりで、いつも網戸にしていたお勝手口に、撮影の間もニャンカが遊びに来るので、皆さんに見てもらったりしました。
あれから7ヶ月近く。ほとんど大人に近づいたニャンカ、実は、今はうちの家族なのです。今は外にも出かけたがらなくなり、完全室内暮らしで家の中を走り回っています。他の猫3匹とも、仲良くなりました。上の写真は、本の撮影の合間に撮った、子猫時代のニャンカです。
* いつものわたし、ナチュラルな服
2009/03/19 | Filed under アート, リネン, 本 | Tags .新しい本「いつものわたし、ナチュラルな服(文化出版局)」が出来上がりました。
表紙にもなっている、ピンタックいっぱいのドレス。アンティークのシャツを参考に、最初は肩幅を広く、肩が落ちるデザインで作りました。でも、自分で着てみると、なんだかすごく、太って見える。。。そして、細い方が着たとしても、ちょっと無駄に大きく見えそうな感じ。そう、思い直して、肩まわりをスッキリさせて、作り直したのです。アームまわりなどは、ゆったりととって、着心地よく。
見た目はスッキリ、でも着るとゆったり。それが、わたしの作りたい、自分で着たい服なのだな、と今回あらためて思いました。
スッキリといえば、p20のロールネックのワンピースも、首が長く、小顔に見えます。このワンピース、クラシックのポースレインブルーで作りました。モデルさんに着てもらったら、ものすごく似合っていて、思わずうっとり。。。そういえばここ数年、こういうちょっと大人っぽいワンピースを着ていないので、自分用にも作りたいと思っています。
LINNETのサイトやお店でも、たくさんのお問い合わせをいただいている、バラのコサージュの作り方も、「いつものわたし、ナチュラルな服」にご紹介しています。
新しい本、楽しんでいただけることを ねがっています。
* さんぽ
2009/01/20 | Filed under アート, リネン, 本, 花 | Tags .2009年になってもう半月以上が過ぎてしまい新年のごあいさつが遅くなりました。今年が皆様にとって、静かで穏やかな年になりますように。今年もどうかよろしくお願いいたします。
年末年始,ほとんどアトリエで仕事をしておりました。今年は,春に書籍が2冊ほぼ同時に刊行になります。大人服の本「いつものわたし、ナチュラルな服」と、「野の花えほん」です。
ほとんどこもりきりの毎日でしたが、時々は友人に会えたり,週末は夫と近所を散歩したりすることで、気分転換していました。いつもの散歩コースはだいたい2通り,糺の森を抜けて川べりから戻ってくる」か、その逆かどちらかです。落葉樹の多い森の中は,冬の方が光がたくさん射していて,木漏れ日がきらきらと小川にそそいでいます。
帰りに高野川を歩くと,鴨がいっぱい。きっともうすぐ雛が生まれるんじゃないかな。「野の花えほん」では高野川をイメージした風景も描きました。
* にほんのうた
2008/12/10 | Filed under アート | Tags .北原白秋といえば,「この道」や「からたちの花」という唱歌の作詞者ですが,「にほんのうた」(第一集)というCDアルバムに,大貫妙子さんの唄う「この道」が収録されています。YouTubeでも見て聴くことが出来ます↓
http://jp.youtube.com/watch?v=A4-vMeCGDEQ
このアルバムには他にも坂本龍一+中谷美紀の「ちいさい秋みつけた」や,カヒミ・カリィの唄う「からたちの花」とか,三波春夫の唄う「赤とんぼ」,八代亜紀の唄う「証城寺の狸囃子」などが収録されていて,とても楽しめます。
* 「海潮音」
2008/12/02 | Filed under 本 | Tags .
来年の春に刊行される予定の本のために,春の間にしておいたスケッチ。今,このスケッチをもとに絵本の原画を描く作業を毎日つづけています。カレンダーもそうですが,絵本も一つのまとまりでボリューム感があるので,ひとつひとつ山をのぼって行く時のような趣きです。
絵本の中に引用した詩の掲載確認を編集部にお願いするために,原典になる本を引っぱりだして来ました。そのうちの一つは,上田敏「海潮音」(新潮文庫)。
改めて読み返してみると,ん〜〜良い感じで和みます。この詩集は,明治30年代の出版で,ドイツ,フランス,イギリス,ベルギーなどの詩を上田敏が選んで訳したものです。たとえば,収録の有名な詩のひとつは,ヴェルレーヌの「秋の日の ヴィオロンの ためいきの・・・」というもの。上田敏がその頃出始めていた新しい詩に深い精神性が欠けて表面的になりすぎていると考えて,彼の考えるその「精神性」がよく表現されている西洋の詩を紹介することで,問題提起をしたいと思って出版したそうです。
そして,あえて古風な七五調を使ったり,古語をあてはめたりして訳されているのは,内容の新しさを強調するために意図的にしたことだそうです。たしかに,わざと古風な訳になっていることで,「祇園精舎の鐘の声・・・」などと同じように聞こえるのですが,それだけに唄っている内容の違いが際立ちます。どこが違うというと,それまでの日本の古典ではなかったような,こまやかな心理描写などが唄われている点ではないかと思います。今となっては,ごく当たり前のようですが,それら外国の詩に唄われている内容の新鮮さ(当時の日本人にとっての)が,より強く伝わったのではないでしょうか。その後に出て来た北原白秋などの詩人に,大きな影響を与えた本だったそうです。
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